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村の水はどこから  汐の水開け

 以前、ブログでも紹介した、村の中の小さな汐の水開け。今年も共同作業としてありました。今年は、大規模な間伐を行ったので、小枝がたくさん汐の中に落ちていて、かなり大変。それでも、参加者4名(昨年畑を休んでいた方が復活)で、黙々と働きます。

Kc3p0153

 いつもは、里から1キロほど入ったところを開けるのですが、今年は、どうもその上の汐が開いておらず、ちょっと水量が少ない感じ。そこで、上の汐も開けに行くことになりました。さらにそこから1キロほど上流、というか小さな尾根をのっこす形で、隣の谷に入るという状況です。今までは思沢(「オモイザワ」=川の名前)の支流から水を引いて終わりだったんですが、その支流まで、尾根をうまく巻き込んでのっこす形で汐が作ってあったんですね。

 で、ここが思沢の本流から引いている場所。

Kc3p0151

 上手に、尾根をのっこす様に出来ています。誰が作ったのか聞いてみたら、「ご先祖様」という答えが返ってきました。まあ、水を引くことに対する努力というのは並大抵でないですね。山の中の汐というのはこんな感じで流れています。

Kc3p0150

 水開けが終わってから、付近の汐の様子をちょっと見て回ったんですが、上で繫がっていたり、下で繫がっていたり、里の思わぬところに出ていたり、ものすごく複雑でした。思沢の支流と思っていたところが、釜無川から引いている神戸汐と合流していたりして、自然の川や谷に見えるところが、人の手によって作られたものなんですね。

 この水路、昔は水開けといえば40人も50人も出て共同でやったそうです。今では4軒のみ。山も里も畑も人が少なくなり、滅びるべきものなのだから、滅びればいいという声が聞こえてきそうです。ただ、これに手を入れる人がいなくなれば、川や沢は間違いなく荒れて、暴れるでしょう。

 別荘暮らしもいいですが、農業(というより農的な暮らし)に関わる人が減る事は、実は大変なリスクを伴っていると思います。富士見町も、都会から人を呼び込もうとしています。しかし、そういうことも含めて、背中に背負ってくれる人が、増えてくれないと、たぶんきっと困ることになるのではないでしょうか。

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