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熟議ってなんだ? 「人々の声が響き合うとき」

 続くかどうかわからないのですが、1週間に読んだ本のうち、面白かったものを紹介するコーナーを作ってみました。まちづくりに限らず、もう少し広いジャンルの本を取り上げます。1回目は熟議民主主義を唱えるジェイムズ・S・フィシュキンの著作、「人々の声が響き合うとき」です。

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 現在、日本を含めた社会を動かしている政治体制は、民主主義といわれる仕組みです。世界を見渡せば、未だこの仕組みが取り入れられていない地域もありますが、おおよそこの仕組みは有効に働いているようにみえます。しかし、著者は、この仕組みについて、まだまだ発展途上であると位置づけ、先進国における問題点から、新たに「熟議空間」を作ることを将来の民主主義への提案としています。

 先進国では、世論が形成される過程で、“自分の意見は何百万人の意見の一つに過ぎない”というジレンマから、政治に関する情報を積極的に求めようとしない「合理的無知」という状況を創出してしまとのことです。また、その影響により、世論調査というものも、市民による“その場の思いつき”の集積でしかなく、市民が政治問題について論じるとしても、たいてい自分と似通った人々と論じ合うに過ぎない。市民の持つこのような特性は、情報説得産業といわれる業界により、容易に世論操作を行われてしまう要因となると、著者は述べています。

 情報説得産業は、背景をほとんど知らない市民に対して、目立つ特定の事実だけを提供し、誤解を招くように情報の一部だけを提供し、政策のある一面を強く印象付けるような情報提供のしかたをとるわけです。このことによって、一般の市民は、かんたんに意見を操作されてしまうのですね。

 さて、このような閉塞した状況をどのように打開すべきなのでしょう。著者は、3つの要素によって考察を進めていっています。「政治参加」「平等」「熟議」の3つで、これらをどう組み合わせると、効果が上がるのかを考察します。

     政治参加と平等:これを大衆民主主義と呼んでいる。多くの人々が黙っている中、大きな声をあげる人の意見に力を与えてしまっている。偏見のない理性的な意見の交換ではなく、既に意見を確信している人物が、他のものを説得しようと発するメッセージのやり取りになって  

 しまう。

     政治参加と熟議:孤立した小集団による熟議となりやすく、熱心で筋金入りの支持者は集まるが、社会全体を代表するものとはなりにくい。

     熟議と平等:国民全体を対象にした無作為抽出と、直接対話により、政治的平等と熟議のプロセスを組み合わせていく。

 この3つの要素について考察した後、政治参加という問題を銃弾なしで平和的に権力移行をはかる競争的民主主義。愛国や正義心を持ったエリートによる熟議民主主義。住民投票に代表される加民主主義。政治参加を、裕福で高学歴の市民が集まりやすい任意のものから、無作為の参加を促す方向へと導く、熟議民主主義。これらを比較し、現在の集計的民主主義から熟議民主主義へと移行させるべきだと結論付けています。

 ところで、著者は、具体的な方法論については、論の中で多くを割いていません。かわりに訳者により、巻末に解説的に述べられている。詳細はきますが、熟議民主主義をマニュアル通り実行するといったこと自体ナンセンスなことであり、「そこも自分で考えろ」というのが著者からのメッセージといっていいでしょう。

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