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タルコフスキーの「ストーカー」

 今年タルコフスキーの生誕80年に当たるとかで、横浜、名古屋、その他広島など何箇所かでまとまった上映がされています。私がタルコフスキーの映画を初めて観たのは、土曜日深夜にマニアックな映画ばかりやっている映画番組があり、そこで特集をやった時です。今から30年も前になります。一連の上映の中でも「ノスタルジア」に衝撃を受けたことを覚えています。で、ときど~き、上映特集などがあるとなんとか都合をつけては、足を運んでいました。

 今回も、できれば2~3作品、見たかったのですが、用事のついでの鑑賞ゆえ、まだ劇場でみていない「ストーカー」のみとなりました。

 タルコフスキーファンは結構たくさんいるので、ネット上のあちこちで、暗喩やら、意味するところみたいなものは、解説されていて、それを読むだけで、至福の時間をすごせたりのもするんですが、今回、はじめて実際に観ることができ、水であるとか、火であるとか、雨であるとか、その映像美をとことん感じてまいりました。名古屋の小さな映画館でしたが、もちろん満員。立ち見も出ていました。

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 物語は、「ゾーン」と呼ばれるある区域に、何かが起こっていて、軍隊が入っていって全滅。それ以来、誰も入らなくなったというその「ゾーン」を、案内する「ストーカー」という役割の人間が主人公です。その「ストーカー」が今回案内するのは、物理学の教授と、流行作家です。

 3人は、まぁ最初こそ、監視所を突破して、スリリングに「ゾーン」に入るのですが、あとは、「ゾーン」となんなのかという探求と、目に見えない恐怖とが背中合わせの会話劇のような形で進みます。

 途中、壊れて動けなくなった戦車とか、廃墟のような場所、地面の下で火が燃えていうるような不思議な場所なども通りますが、基本的に「ゾーン」では、何も起こらない・・・。ただ、それぞれの心の中には、何かが起こっているのですね

 「ゾーン」の中の最終目的地は、希望が叶う「部屋」なのですが、そこでは、以前、自分のために犠牲になった弟を蘇らせるために、その部屋に入った者が、現実に戻った時に手に入れたものが大量の札束だったこと、そしてそのことに絶望し、自殺したことなどがほのめかされます。

 人間が心のそこで望んでいるものは、欲しているものは、そんなものなのだという絶望。そして、絶望が深ければ深いほど、「ゾーン」の中で目的地へたどり着くのが容易になるということも確かな様で、3人はその部屋までたどり着くのでした。

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 たぶん3人(というより作家と物理学者の2人)の願いは、そんな人間たちに絶望することだったのではないのかなと、ふと感じました。SFという形をとっているのですが、個々人が持っている信仰であるとか、心の奥深くにうずまく欲望であるとか、そういったものを、えぐり出すような、そんな映画です。

 もちろん、そのことは人間の欲望が実体化されてしまう、意識を持った天体「惑星ソラリス」の世界観でもあるし、信仰と芸術と名声ゆえの妬みの中を生きたイコン画家の生涯を描いた「アンドレイ・ルブリョフ」で示されていることでもあります。

 なにはともあれ、投げかけられたものを、深く抱えて、生きていかなければならないんでしょうね。この映画を消化するには、まだまだ未熟者のようです。

 そして、映画はやはり、スクリーンで観なければいけないこと、このことを再認識したのでした。

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