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この素晴らしき書物の世界 「もうすぐ絶滅するという紙の書物について」

  「薔薇の名前」という小説(映画)の中で(すみません:映画しか見ていません)、事件の舞台となった修道院の図書館が、火に包まれ崩れ落ちるという場面があります。今でもその場面がありありと浮かぶほど、印象に残るシーンです。

 修道院で起こった事件の鍵が、ある書物の中に隠されているという設定もあって、映画の中でも一番大切なシーンになっています。この薔薇の名前の作者で無類の書物好きのウンベルト・エーコと、ルイス・ブニュエルの映画の脚本を書いたことで知られるジャン=クロード・カリエールとの対談集です。分厚い本ですが、字が大きいのと内容の面白さで本好きならば、一気に

読める本ですね。

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 まあ、進行役がどんなに苦労していても、二人の会話はドンドン脱線していってしまいます。どれもこれも非常に面白いエピソードで、飽きません。私たちにはあまりなじみのないヨーロッパの作家や学者の名前も出てくるのですが、そんなことは関係なく楽しめる本になっています。

 そんなマニアック本ではありますが、さすが記号学の権威ですから、現在の世界での「知」のあり方にも、鋭い考察をしています。まあ、紙の書物はインターネットなどのデジタル技術と並行的に存在していくだろうという予想はしていますが、書物にはいろいろな文化を構築していく上で、フィルタリングを行い、暗黙裡の共通基盤を提供してきたという役割があります。学問でも何でも、その共通の百科事典のようなものから知識を得て、議論が始まるとしています。ギリシャの哲学者や、中世の天動説・地動説などの知識があることで、現在、対話の継続が保証されるということが可能になっているのですね。

 それに対して、インターネットはフィルタにかけられていない情報をすべて与えてくれますが、自分の頭の中でフィルタリングをしなければならないというような状況を作り出すと言っています。極端な話としてはいますが、世界中の人間の数だけの60億冊の百科事典があるのと同じことになるということです。しかし、この課題に対しては、人々が同じようなことを信じるように仕向ける力、まあ、国際科学界のような権威ですが、それが万人に通用する根拠となるというのです。もちろん、エーコは、権力によるフィルタリングの例として、スターリン時代のソビエトの話などをあげて、しっかり批判しています。

 しかし、インターネットというものが、人々に自由を与えたという楽観的な見方だけでなく、情報操作をやりやすくしたというのももう一方の事実だと思いますから、悲観的な見方も必要なことだと思います。

 

 そんなこんなを興に応じて話しながら、近世のトンデモ本であるとか、エーコやカリエールのような知の巨人であっても、読んでない本はたくさんあることなど、披露しながら古本談義も弾みます。あるブログでこの本のことを、「たとえて言えば、稀代の女好きの男たちが、見目麗しい女性に囲まれて女性について語るような感じ」と書いていましたが、言いえて妙だと思いました。装丁も素晴らしく、小脇に抱えて歩いていれば、格好いいことこのうえない本になっています。

 最後にひとつ。地下鉄のホームで日がな一日本を読んでいる男の話が出てきます。これに関して、本を読むということは、読んでいる本に興味があるというよりは、読むという行為に依存しているだけなのでは言っています。それは、正真正銘の倒錯に転じかねず、フェて沈むと言ってもいいとまで述べています。身に覚えがありませんか?お気をつけて。

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