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ホン・サンス 恋愛に関する4つの考察その2

 はい、3番目の映画は、「教授とわたし、そして映画」です。これは、三角関係のもつれと言うほどではないけれど、それなりにぐちゃぐちゃした恋愛関係をモチーフに、映画学科という特異な環境を設定し、描いていきます。

 前半、男視点で、「女ってこうだろ」みたいな描き方をしてあって、このままいったら、どうしようもない感じだな・・・駄作かぁ?と思っていました。10数年前の教授と教え子の関係、そしてこれは、その時の当事者のひとりが、10数年後、教授(講師くらいかな)になって、同じことを繰りかえすという、入れ子の関係にもなっています。

 で、ですね、ラストの10分くらいで、 その過去の三角関係を、渦中にある女の視点で見たらどうなのか、というものが、その女子学生が作った映画として、紹介されます。これがねえ、秀逸なんですね。しょうもない展開に、ちょっと眠くなっていたのですが、こう頭殴られたように、見事に逆の視点として、逆というより、真実の視点といったほうがいいかな、成り立っているんですね。もう、素晴らしいの一言につきます。

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 もう一点が、「次の朝は他人」。これは題名通りの、男の身勝手さを延々と描く映画です。昼間「多情」というレストラン(この店名笑っちゃいますが)で飯を喰い、そのまま夜は「小説」というバーで酒を飲んでるだけの映画です。多情と小説、もうこれだけでいいですよね。

 主人公は、映画監督で、まあ行き詰まって、ソウルから田舎に引っ込んでいる。久しぶりに上京して、昔の恋人にあったり、バーのママに恋をして、一夜を共にしたりする。昔の恋人に対する態度もだらしないし、自分勝手、自己本位、そんなものオンパレード。バーのママに対しても、都合の良い女的な扱いしかしない。それでも、なんだか魅力的な映画になってるんですよ。ここが不思議。人間なんてこんなもんさ。人生なんてこんなもんさ。

 限られた一部の「イケてる」人をのぞいたら、こんなもんなんだから、まあ人生の真実を描いてるといえば、そうに違いないのだから・・・。

 ホン・サンスという監督、これからも目が離せないかも。

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