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渾身の一作 「この国はどこで間違えたのか」

う~ん、こういう視点があったかと、とりあえずは、感心した。沖縄タイムスという地方紙に、「非常識なボリューム」(ママ)で、掲載された、ロングインタビュー集である。話題の中心は、フクシマの原発事故なのだが、沖縄の基地とフクシマの高濃度汚染地区というのが、国策による同種の立ち入り禁止区域であるというところから、連帯的に批判出来うるという視点で、構成されている。読み進めるうちに、まさにその通りであることが次第に明確になるという仕組みだ。

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登場するのは、内田樹、小熊英二、開沼博、佐藤栄佐久、佐野眞一、清水修二、広井良典、辺見庸とそうそうたるメンツである。テレビでおなじみの評論家というのではなく、流行に流されず、ブレない言説の論客たちだ。この選択眼にも感心させられる。インタビュアーは沖縄タイムスの論説委員である、渡辺豪という方である。話の引き出し方も非常にうまい。 

なかでも、秀逸だったのが、開沼博だ。「フクシマ論」でその分析力の鋭さに驚かされたが、今回のインタビューでも、冴えを見せる。「貧しいところに無理やり原発を押し付けた」のではなく、「先進国たる日本においては、どの地域も発展しなければならない」という理念のもとに、「どう頑張っても駄目だ」という先天的な条件の地域で、その理想を実現しようとした。推進派の中にも善意があったという見方だ。その理想と現実との間にものすごい齟齬が起きている場所に、原発なり基地なりが巧みに滑り込んでいるという。そして、「過疎」に対する過剰なまでの意識が拍車をかけていく。もちろん、東日本大震災の復興にも、その意識は影を落とす。復興をどこまでするのか?もとのような過疎の地域に戻せばいいのか?あるいは、それより以前の、生産地として華やかだった頃にまで戻すのか?いずれにせよ、コストが非常にかかる仕事ということだ。

そんな中、開沼は、「過疎化しても幸せになれる」「地域活性化しなくてもいい」というモデルを立てていくことが重要であると言っている。その通りだと思う。民主主義的な手法で自らがいい形で、威勢よく「地域活性化」とも言わずに、うまく縮小していく方向を探るモデル立てられるかという問いである。

自然エネルギーに対しても釘を刺す。原発が風力や太陽光にかわったとしても、結局、自然エネルギー推進派の御用学者が出てきて、「その事故は確率的に非常に低い」と言い放ち、役人は「地域振興には必要だ」と説得し、メーカーは「いずれ技術的に改善され、経済的なメリットからは些細なことだ」と切り捨てるだろう。もちろん放射能のような取り返しのつかないものではないが、原発の推進と全く同じ構造であることは変わりなく、そこには国民は不在である。

他の論客も頑張っており、今、必読の書であると思う。 

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