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2013年9月

金沢の歴史めぐり その3

 先日からアップしています金沢宿めぐりですが、ひとつ面白いというか、興味深い話を聞きました。金沢宿にあった製糸工場に、あちこちから結構、女工さんがきていたそうなんです。で、金沢というところは、もともと宿場ですから、遊興的なお店や、飲み屋などがあったので、そういった男女の関係のほうも盛んだったとの事。で、昔はきちんとした避妊なんていうことはありませんでしたから、結果として女工さんが妊娠するとか、もちろん宿場の酌婦さんや飯盛り女といわれるような人たちなども・・・なんて事が頻繁にあったとか。そうなると、まあ、堕胎なんていう手もあったんでしょうが、そこは、世間を知らない若い女工さんが多いこともあり、切羽詰ってしまうことが多かったようですね。

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                        写真は工場跡地:朽ち果てています

  で、どうするか。工場でも働けず、ふるさとにも帰れず(遠いところから・・・というのも多かった)、さて・・・となって、勢いあまって列車に飛び込み身投げするというようなことが頻発したそうです。ちょうど青柳駅の前後というのは、坂になっていて、駅もあることから列車が速度を落としたので、飛び込みやすかったらしいです。なんでも、全国でも飛び込みの多い場所ということになってしまったようで、金沢の人たちと、国鉄(当時)とで話し合い、供養と飛び込み防止をかねて、石碑を建てたそうです。「弔魂  」という文字が彫られた小さな石碑ですが、青柳駅の前後に2箇所立てられているそうです。

 お話くださった小林さんが子供の頃、「さあ、今日も飛び込んだ」「また飛び込んだ」といったように、日常茶飯の出来事だったそうで、みんなで見に行った(この辺もすごいのですが)そうです。小林さんの記憶に強く残っているのは、子連れで宿場に働きにきていた女の人が、子供も一緒に身投げしたときのことだそうで(まあ、字面で読んだだけでも凄惨な現場が想像できますが)、それは小さい子には残りそうです。
 このお話、もうひとつの女工哀史という感じです。

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金沢の歴史めぐり その2

  金沢宿をさらに下っていくと、甲州街道と金沢峠を越えて、御堂外垣をとおり伊那に抜ける街道との分岐に出ます。この分岐の手前には、馬宿があり、かなり程度がいい状態で今でも残っています。駒つなぎ石なんかも残っていてなかなかです。

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 この分岐を金沢峠方面に曲がり、ちょっと集落の中に入ったところに、製糸工場の跡があります。ほとんど崩れかけているので、保存というのには程遠いですが、ものすごく敷地が広く見ごたえがあります。その入り口のところに、繭倉のかなり保存状態のいいコンパクトな建物が残っています。今、保存に手をつければ、多分文化財としていい状態で後世に残せる感じです。蔵のすぐ横から清水も湧いていたりします。

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 この工場の奥のほうに、湯小路といわれるところがあり、そこに昔は温泉(鉱泉?)があり、近在の人たちが入りにきていたそうです。

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 そこから、また金沢宿の中心部に戻り、宿場はずれの権現様と呼ばれる場所にいきました。そこは魔よけ、災難よけの神様たちでいっぱいでした。摩利支天やお不動様、村の守り神の石仏などが並んでいます。
 とにかく、見所いっぱいの金沢宿でした。まだまだ探索は続きます。

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金沢宿歴史めぐり その1

 御射山神戸の隣の集落、金沢は甲州街道でも大きな宿場として名がとおっていたようです。その金沢宿で歴史を研究するグループが立ち上がり、集落をめぐるというので、出かけてきました。

 金沢は、本集落と青柳、大沢、大池、木舟、御狩野それと新しく造成された新金沢の7つの地区からなる大きな集落です。もともと、今の矢野口という信号のあたりが宿場で、昔は青柳宿と呼んでいました。その青柳が、宮川の氾濫によって流されたため、今の金沢宿に宿場を移して、金沢という名前になりました。

 よほど、重要な宿場であったことと思います。で、この金沢宿は江戸期には宿場として、明治になってからは、製糸場を営むものが何件も出たので、商工業の中心でもありました。その結果、近世から近代までの史跡が集積していて、とても面白い歴史めぐりとなりました。

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 当日は、90歳になる長老小松  さんの案内で、金沢宿の偉人として祭られている小松三郎左衛門の史跡から回りました。公民館のそばにある、青柳神社(これも、昔の青柳宿から移されたそうです)の境内に地蔵さんと、顕彰碑のようなものがあります。三郎左衛門は、金沢の入会地である山林を守るために、直訴をして磔になったそうです。しかし、直訴は認められ、通ったとの事です。

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 ここから、金沢宿の中心部を歩きます。お菓子屋とか、高級料亭とかいろいろなお店がありました。高級料亭の地下にはばくち場があり、一軒おいた隣の料理屋にも地下にばくち場があり、そこが通路で通じていたとか、面白い話がたくさんありました。
 何回かに分けないと書ききれないので、これから少しずつ続けていきます。

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無農薬栽培の「洋梨」

 当地に住んで10年あまり、最初のとしから、果樹をいろいろと植えてきました。なかなか難しく、リンゴは3本植えて全部枯れて倒れ、さくらんぼも2本ありますが、全然なりません。杏も花は咲くんですが収穫するまではいきません。うまくいったのは、ブルーベリーくらいでしょうか。

 そんな中、5年前に植えた洋梨が、今年とれたんですね。それもなんと、10数個。品種はラ・フランス。まあ、無農薬なので、ちょっといたんでしまう率が高いのですが、いたんでいても、もともと追熟させて食べるものですから、割と美味しく食べられます。

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 洋梨は一番難しいかなと思っていたので、ほんとに嬉しいですね。まあ、気象の具合で、うまくなったのでしょう。春先の霜の具合です。花が咲いて、受粉する前に霜が当たるとダメみたいです。梨はりんごよりちょっと花咲くのが遅いので、割と暖かかった今年は良かったのでしょう。

 いや~、でも市販のものよりちょっと酸っぱいですが、独特のとろける舌触りは、十分で、感無量です。

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出ました 今年No.1 「ももいろそらを」

いやいや、出ました。今年もこれがベストという映画が。

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 斬新で緻密な構成、それだけでなく、面白さも十分ある。女子高生を対象として撮影しているのに、青春映画の範疇を大きく超えている。手放しで絶賛です。
 物語は、とある個性的な(ほんとに個性的)、世の中を斜に構えてみるような女子高生が、財布を拾うところから始まります。その財布は、同じく高校生(といっても一流進学校かな)の男子のもの。しかし、30万円入っている。そのお金を、交番に届けなかったり、勝手に貸したり、女子高生“いずみ”はやりたい放題。仲間のとつるみながら、お金をどうするかということを軸に進んでいきます。

 いずみは、世の中があんまりよくないって事を、随所で、ひとりごちます。財布の男子は天下り官僚の息子ということで、「体制」呼ばわりしたり(体制ってほんとに女子高生が使う言葉なんだろうか)、釣堀でのお友達である、中年おっさんには、兄貴分のつもりになったり、見事なアウトサイダー振りを発揮します。
 しかしです。物語が進むにつれ、仲間の女子高生をだますような側に、自分を属させていきます。ここらへんがミソです。一種の入れ子構造になっていきます。自分が普段、厭だと思っている、大人の世界、それはいいかげんで、嘘ばっかで、偽善にあふれてて・・・そういうものだと思っているんですが、この風景が、まったく女子高生仲間の間でも、事態として起きてくるのです。

 いずみは、一途な友人をだまし、利用して、自分の借金(男子高校生の財布から、ちょろまかして人に貸したお金)を返そうとします。普段憎んでいるような大人の世界を、無意識のうちにやっちゃうのです。
 そしてこの女子高生たちの演技や台詞回しが、なんとも独特なんです。わざとらしくなく、わざとらしい言い方・・・ややこしいですが、そういう言い方なんですね。そこではこういうことも明らかにしちゃいます。いまの世の中の人々の話し振りが、劇画調になってきており、人と話すことが、テレビのドラマの登場人物か何かのように、わざとらしいんです。そういう風になってきているんだよということを僕らに一度提示します。その上で、それを、わざとらしくなく、演技力というか表現力というか、自然に表現していくんですね。ここ、この映画の勘所です。

 結局、中2病らしきいずみは、その一番なりたくない、大人の社会の真似事を、つるんでいる仲間に対して、無意識にやってしまうのです。それに気づいたときの、そぶりがすばらしい。釣堀で、釣り竿を水面に何度もたたきつけます。このシーンがとても印象に残ります。

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 こういった、素人っぽい役者(3人ともこれまでプロではない)の瞬発力的な演技力に、斬新な研ぎ澄まされたカメラワークが迫るのです。背景をボケボケにぼやかし、登場人物をクローズアップさせる手法、白黒の色のない画面、男子高校生をホモセクシャルに設定し「いずみの恋愛物語」にならないように焦点をずらすうまさ、劇中に出てくるエピソードや小物の設定もそこに焦点を合わせていきます。
 結局、いずみが「クソバカ」ばかりの世界と思っている社会が、自分も構成員の一人であることを知るんですね。まあ成長の物語ちゃあそうなんですが、映像の緻密な構造が、芸術映画・・・・というか、ヌーベルヴァーグの香り、あの知性が画面の隅々まで支配するような映像美、それほどまでに押しあげてるいるんですね。今年のベストワンに文句なく決定です。いや~~、すごい監督が出てきたなぁ。処女作だってよ、これ。

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「物語 朝鮮王朝の滅亡」 隣国の歴史を知るということ

 朝鮮王朝の歴史なんて、ほとんどの日本人には、興味の対象外って言うのが、正直なところじゃないだろうか。歴史専攻の大学教授なんかが書いたものは、初級むけであっても、とっつきにくい。でも、この本は小説家、それも日本在住の・・・とくれば、読みやすいんじゃないかと思って、手にとってみた。

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 で、期待通りだった。
 近代朝鮮が、なぜ、日本に遅れをとってしまい、最終的に植民地になどになってしまったのか。そういうことが一発でわかる。また、こういうことも、日本人としては知っておかねばならないこと。王宮に乱入し、閔妃暗殺するくだりだ。これはひどすぎる。確かに閔妃という王妃は権力を我がものにした悪い方ではあるのだけれど、こんなことをしたのだから、韓国・朝鮮の人たちは、日本を許すなんて事は出来ないわけだ。その辺もよく理解できる。歴史認識の違いと言うのは、こういうことなのだ。

 また、もうひとつ収穫だったのは、閭田制のことだ。田を耕す者が農地を所有し、自ら耕さない者は、農地を所有できないようにするという制度だ。この制度は、実現されなかったのだが、丁和ようという官僚(というより思想家だろう)が提言したもので、仕組みはまったく原始共産制に近い、共産主義だ。このことに驚いた。まあ、こういうことがきっかけで、朝鮮王朝は、超保守へとゆり戻しがかかるのだが、すばらしいとしか言いようがない。
 また、同時代の日本においても、西郷隆盛のようなまっとうな考えの者が排斥され、世界の趨勢は「早い者勝ち」「やったもん勝ち」を提唱する福沢諭吉的な人物の考えが、ちやほやされがちだったのだ。
 なんにしろ、話題になったとかで読むと、読んでがっかりという新書が多い中、この本はおすすめ!!です。

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台風のつめあと

 先日の台風は、当地ではあっという間に駆け抜けていきましたが、それでも、激しい雨と風とで、ちょっとした被害が出ていました。

 前にも一度水が溢れたことのある水路では、やはり流木が詰まったりして少し溢れたようです。

 それと、私たちが上流を管理している水路の末端の斜面が崩れました。

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 ここは以前にも崩れたことがあり、その時には、したの畑を借りていたので、ジャガイモ全滅などいろいろと被害が出ました。今回は他の人がソバをやられているのでまあ、多少ですが、被害が出たようです。ソバは冠水には強いのかな。

 しかしこの崩れ方では、いずれきちんと土木工事が必要な感じです。この程度ですんでよかったといえば言えますが・・・。

 

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伊那は井月で盛り上がってます 田中泯のダンス公演

 伊那市の「いなっせ」で、「井月さんまつり」の一環として、田中泯のダンス公演「田中泯井月を踊る」が先日行われました。もともと白州アートキャンプ以前よりのファンですので、いそいそと出かけてきました。最近、あんまりいい公演がないのですよねぇ~。

 まあ、漂泊の人生を送った井月と、女性との関係性みたいのがテーマだったようで、なかなか見ごたえのある舞台でした。漂泊(男の夢?)と定住(女性で象徴されていたかな)の狭間で、うじうじしているようなそんな心情が表されていたかなと思います。

 まあ、一般的な観衆向けに、わかりやすさを主眼において、例えば、渥美清(だと思う)の「遠くへ行きたい」だとか、沢田研二の歌なんかに合わせて踊っておりました。

 もちろん、十八番の「乞食歩き」踊りも健在。年をとって冴えが増したような所さえみえました。でも、なんで体があんなふうに動くんだろうという、一種の羨望の眼差しで、堪能できるんですよね。

 今回は、お馴染みの裸同然の踊り(笑)や体中に泥をぬりたくった表現などはなかったですね。おどろおどろしい雰囲気も極力抑えていたようです。

 で、以前と違っていたのが、公演後のトーク。昔だったら、言葉でできないことをダンスで表現してるんだというようなかたくなななところがありました。しかし今回は饒舌でしたね。そしていいところを言い当てているようなお話で、なかなか良かったです。

 観客は、地元の俳句愛好家とか郷土史家、いわゆる田舎の文化人風、みたいな感じで、会場は満員。椅子席がなくなってしまい、私は床に直座り、でもかぶりつきで大満足。ただ、お隣に座った老夫婦は、終わってから「なんだかわかんなかった」などと言っていましたから・・・、まあ、どうなんでしょう。

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 今回の井月さんまつりの目玉だったようなのですが、それにしては濃すぎたように思えます。もちろん、映画「ほかいびと」で主演を張っていたので、田中泯以外には考えられないのでしょうが・・・。さすがに、公演そのものはまずいので、画像は花束贈呈の場面です。ボケボケですが。

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我が家が蜂の巣銀座に!!

 ここ2~3年、新しく開発された農薬の影響だと思うのですが、極端に蜂が少なくなっていたらしいのです。我が家は、山の中に(林と耕地の境)あるので、毎年のようにスズメバチをはじめ、様々な蜂の巣ができます。ここ2~3年随分少なかったのですね。

 で、今年は、空梅雨でスズメハチが元気というニュースが先日流れたのです。で、いつもスズメバチがスをつくる軒下を見ましたら、なんと3つもできていたんです。

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 横に、2つあるのは、大きいほうが5年前、小さいほうが3年前にできたもの。都合5つも並んでいます。うちの場合、まあ共生が基本ですので、駆除(という言葉もどうだか)はしません。時々、そばにブンブンよってきますが、刺激しない限り何もしませんから・・・。そういうこともだんだんわかってきました。

 以前の巣があると、新しい巣はできないなんていうのですが、よほど我が家は条件がいいのではと思います。

 前に一回だけ、お風呂の焚口(薪でやっています)の上に引っ掛けてあった、箕の中に作った時には、さすがに巣を壊して女王蜂を(巣の形や場所などから、たぶんモンスズメバチ)追い払いましたが、今回はそのままです。

 狩バチなので、野菜についた青虫なんかを食べてくれてるんじゃないのかな。今年はブロッコリーの苗がよくできてましたから・・・。

 今年のお客さんは、もう出来上がっている巣には、コガタスズメバチ。今作っているのは、キイロスズメバチのようです。

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 スズメバチの巣ができると、お金が入ってくるなんていうのですが、我が家では無縁のようです。

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今更ですが・・・「風立ちぬ」

 宮崎駿監督の作品は、いつもチェックしなければと、観に行くことにしています。今回もそろそろ席が空いてるんじゃないかと出かけたわけです。
 今回の映画は、今までの中で一番、難しかったんじゃないかあなぁと思いました。あ~よかった、楽しかった・・・という風じゃない。考えさせるというのともちょっと違う。

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 物語は、空に夢見る主人公の子供時代を経て、関東大震災から始まります。関東大震災で焼け野原になった東京、そしてそこから飛行機に夢を託して、若者らしく、挫折を乗り越え、希望をもって生きていくという、ありがちなストーリーではありますが、夢の対象が飛行機というところが曲者ということになります。

 それはゼロ戦の開発なわけで、直言すれば「戦争の道具」なのです。素材としては難しいものです。まあ、ここで戦争賛美的な映画になることを恐れなければ、割と、すっきりとした映画になったと思います。しかし、そこは宮崎監督、戦争賛美というところだけは避けねばなりません。そこで、ちょこちょこ、厭戦的なドイツ人(?)を登場させたり、ドイツを舞台に不穏な空気を表現したり、抵抗を試みています。しかし、そのことで、中途半端になってしまっているのです。

 監督が言いたかったのは、多分、関東大震災=3.11的なもので、こんな時代だけれど、自分の好きなこと、熱意を持ってあたれることに、力を注ぎ、人生を全うしよう・・・といったことではないかと思うのです。しかし、この主人公も、たぶん亡くなる前に、戦争の道具を作ったことを悔いていたと思うのです。自分が、混乱の時代に、光を当てるような夢中になれるものに、力をそそいだが、それは人殺しの道具を開発した、徒労だった、ということなんです。
  ・・・というのが私の解釈。いろいろなブログなどでいろいろな解釈がされています。それらを検索してみるのも、楽しいかもしれません。中には、宮崎駿監督が確信犯的に、美しいものを作るには、馬鹿な庶民は犠牲にしてもいいんだよ・・・と言っているなんていうのもありました。意外に論理的には正論で、ある意味あたっていたので、自分の中で混乱が起きてしまいましたが・・・。

 東日本大震災の復興も、ただの復興ではなく、何らかの絡みとられがおきるのも、間違いないことで、図らずもそれも暗示してしまっているのです。まあ、例をあげればきりがないですが、新エネルギーしかり、脱原発も同じようなものだと思います。
 あ~~この映画も、身もふたもなかったね。取ってつけたような鈴木氏マーケティングの「生きねば」もあざとい!!

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サロンえんがわの片付け

  昨年、閉鎖となったサロンえんがわですが、いよいよ農協の建物を取り壊すことになり、とりあえずおかせてもらっていた荷物や、改造をした床や書棚を取りはずさねばなりません。で、1日かけて本を運んだり、床をはがしたりしました。

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 助成金をいただいて改造したわけですが、都合あわせて5年の命でした。もう少し、農協店舗はがんばると見ていたのですが、とにもかくにも残念です。
 本の行き先も、いろいろと考えたのですが、なかなか難しく、一部は、近隣で同じような活動をしている子供文庫へ、残りは自宅に引き取り、必要でないものはネットオークションなどで処分します。どちらにしてもまあ、大変なことです。

 床や壁は、はがせるところははがし、だめな部分はそのまま引き渡すつもりです。で、はがし始めたのですが、いまどきの建造物は接着剤がふんだんに使われていて、くぎをはずしただけでは、はがれません。それに、インパクトドライバーでやたらに打ち込んであります。願わくば、廃材を小屋の材料などに使おうと思っていたのですが、無駄な骨折りになりそうです。それに、シックハウスみたいな状態で、1日作業したため、具合も悪くなるし・・・。作業をしながら、なんだかむなしくなってしまいました。

 歴史なんてこんなもんなんですね。造って、壊す、この繰り返し。そんなことを思ったわけでした。

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御射山神戸にゆかりの本?「アイ・アム・ヒッピー」

 御射山神戸のはずれ、今、エプソンの独身寮が立っている下の方に、小屋の崩れた跡と、石で作ったカマドのあとのようなものが残っている場所があります。そこに、今から50年前くらいに、ヒッピーと呼ばれる人たち(当時はフーテン族などとも言いました)が住んでいたことがあります。吉祥寺あたりにあった、「部族」というグループの、支店のような形で、「カミナリ赤ガラス族」と自称する人たちが住んでいました。

 その、一種のコミューンに参加していた“ポン”こと山田塊也という方が書いた本、「アイ・アム・ヒッピー」。なかなか面白かったです。

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 当時の運動関係の本をこのところ見ていますが、高度経済成長期というのは、こういったいろいろな事象や、サブカルっぽい文化の萌芽期でもあったんですね。そう言った意味で非常に面白かった。日本のヒッピームーブメントは、政治的なもの、資本主義の進行に伴う様々な“公害”や開発などと真摯に向き合い、反対の運動なども、積極的に関わっていたのです。ただの逃避ではなかった。このあたりも明らかになる・・・・というよりは初めて知った感じです。

 日本のヒッピームーブメントは、海外のものとは一味違っていたんですね。しかし、ドラッグやフリーセックスといった概念もしっかり入ってきていますから、そのへんは同じような感じです。

 それでも、当時の政治活動(というよりテロリズムの走りか)のもっとも先鋭であった、東アジア反日武装戦線などにも、シンパシーをもってたりするんです。そのあたりが非常に面白かった。ヒッピーの代表が書いているふうでもなく、極私的半生記なのですが、その節々に、社会とのあつれきや、日本の社会がおかしくなっていく過程が織り込まれているのです。ぜひご一読を。

 

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諏訪の隠れ里 後山

 諏訪市の湖南に後山という地区があります。この後山と板沢、青木沢という地区は、諏訪市から峠を越えた辰野側にあるんです。諏訪市豊田の上野地区と同じ形になります。前からたま~に通ることがあるときに、不思議な地区だなと思っていたのですが、今回、ガイドブックが作れるんじゃないかと思い、下見に行ってきました。

 有賀峠から、横に尾根をたどる形で守屋山方面に向かったところが後山です。峠から結構ありますが、下の集落(箕輪町長岡)から入っても、同じような感じです。まさに隠れ里・・・ですね。

 もともと新田集落ではあるらしいのですが、近くにある金山(真志野金山)のために何処かから連れてこられた技師の末裔なんて話もありますね。

 集落は30戸と非常に小さいですが、1000mの標高に小さな盆地上の耕地が広がっています。

 で、なかなかいいものを発見。

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 廃校になった分校のあとです。なんとも素敵な建物で、いい感じです。

 で、そこを見下ろすような村の神社です。手入れが行き届いていて、村に住む人の心がわかります。

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 ぜひ、ガイドブックに取り上げたいなぁ・・・と思っています。

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あぶらげ巻き 講習会

 ちょっと前に、郷土料理の再現ということで紹介した、あぶらげ巻きの講習会を実施しました。

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 公民館報で特集し、その一環で企画したものです。最初はそれほど応募も多くなかったようですが、徐々に増えてきて、蓋を開けたら20名弱の参加。ワイワイガヤガヤと結構盛り上がったのでした。

 こちらとしては、40代くらいの方の参加があれば・・・郷土料理を伝承できていくかも・・・なんて思惑もありましたが、60代から70代くらいの方の参加で、まあ、興味があるのはこの層か・・・と思ったわけです。

 講師は矢沢さと子さん。立沢では作っていないけれど、中新田ではおなじみだったそうです。

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 で、上手に出来上がり、その日のお昼のオカズとなりました。

 

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ベルトリッチの特集上映

 ベルトリッチの第1作目のデビュー作品です。今回全国的に公開されたベルトリッチ特集で、久々の公開となったのですね。詳しいところはよくわかりませんが・・・。
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 白黒ですが、非常によくできた作品です。ローマの場末で、娼婦が殺されます。ある公園がポイントになり、そこを中心に、聞き込みが行われ、浮かび上がった人間が何人も警察によって聴取されます。そのカットの間に、女性が出かける準備をしているシーンがところどころ映し出されます。最初は何かわからなかったのですが、娼婦が夜の仕事に出かける準備をしていたわけです。ザーッと降る夕立もポイントです。

 で、さまざまな人間が、殺人の時間に、公園に出入りしていたのですが、次第に犯人が絞られていきます。複数の関係者の証言が重ねられていき、誰かが嘘をついていたり、また、別のことを隠すために、本当のことを言っていなかったりということがおきていきます。また、その日の行動の背景にある思惑なんかも、明らかになっていきます。そういう、ミルフィーユのような多層に積み重ねられた証言から、真実が浮かび上がってくるのです。

 非常にスリルの有る、緻密な構成。普通に存在するものを執拗に追うことで、そこから映像美をかもし出してしまう技術。将来を十分に予測させる出来で、巨匠(一応ね)ベルトリッチのすごさを見せつけてくれました。う~~ん、映画的な手法ってのがふんだんに使われていて、多分みんな参考にして映画作ったんだろうな・・・、そう思いました。

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御射山祭

 住んでいる場所の神社である、御射山社。この神社のガイドブックをつくろうかという話が出てきています。まあ、普段は、深い森の中にひっそりとしているので、目立たないのですが、それを作るだけの価値のある神社なのです。

 で、この神社の唯一のお祭りである御射山祭(通称 原山様(はらやまさま))の日に取材をしました。もともとは由緒ある深い意味のありそうなお祭りなのですが、“はらやまさま”にひっかけて、はらやま=腹 病まぬ といった感じで、2歳児の健康を祈願するお祭りといった意味合いが強くなっています。

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 初めて見に行ったのですが、参拝者で結構賑わっているのですね。2歳児の災禍を落とすような意味で、放生会(ドジョウを放すんですが)もあり、イベントとして面白いわけですね。ドジョウはもともとウナギだったようです。まあ、いまどきウナギを川に放すなんてことはもったいなくてできませんが・・・。

 で、お祭り本体の方は、諏訪大社から、国常立命(2泊)と建御名方命(日帰り)がおいでになり、氏子が境内に散在する様々な神様の祠にお参りするような、そんなお祭りなんですね。多分いろいろ深い意味っていうのがあるんでしょうが・・・。

 で、国常立命はこんな感じのお神輿で、やってきます。御射山神戸の氏子が迎えに行き、歩いて担いで来るのです。

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 これから、原稿をまとめていく予定です。

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