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金沢の歴史めぐり その3

 先日からアップしています金沢宿めぐりですが、ひとつ面白いというか、興味深い話を聞きました。金沢宿にあった製糸工場に、あちこちから結構、女工さんがきていたそうなんです。で、金沢というところは、もともと宿場ですから、遊興的なお店や、飲み屋などがあったので、そういった男女の関係のほうも盛んだったとの事。で、昔はきちんとした避妊なんていうことはありませんでしたから、結果として女工さんが妊娠するとか、もちろん宿場の酌婦さんや飯盛り女といわれるような人たちなども・・・なんて事が頻繁にあったとか。そうなると、まあ、堕胎なんていう手もあったんでしょうが、そこは、世間を知らない若い女工さんが多いこともあり、切羽詰ってしまうことが多かったようですね。

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                        写真は工場跡地:朽ち果てています

  で、どうするか。工場でも働けず、ふるさとにも帰れず(遠いところから・・・というのも多かった)、さて・・・となって、勢いあまって列車に飛び込み身投げするというようなことが頻発したそうです。ちょうど青柳駅の前後というのは、坂になっていて、駅もあることから列車が速度を落としたので、飛び込みやすかったらしいです。なんでも、全国でも飛び込みの多い場所ということになってしまったようで、金沢の人たちと、国鉄(当時)とで話し合い、供養と飛び込み防止をかねて、石碑を建てたそうです。「弔魂  」という文字が彫られた小さな石碑ですが、青柳駅の前後に2箇所立てられているそうです。

 お話くださった小林さんが子供の頃、「さあ、今日も飛び込んだ」「また飛び込んだ」といったように、日常茶飯の出来事だったそうで、みんなで見に行った(この辺もすごいのですが)そうです。小林さんの記憶に強く残っているのは、子連れで宿場に働きにきていた女の人が、子供も一緒に身投げしたときのことだそうで(まあ、字面で読んだだけでも凄惨な現場が想像できますが)、それは小さい子には残りそうです。
 このお話、もうひとつの女工哀史という感じです。

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