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2013年10月

富士見 点と線プロジェクト 打ち合わせ会

 今年度の9月から、助成をいただくことになった、農水省の助成金プロジェクト、「富士見モデル 点と線プロジェクト」の全体会議を実施しました。

 このプロジェクトは、町内で同じような地域活動をしているグループ、あちこちで「点」のように存在しているわけですが、それを線でつなげようという、そういう目的をもって集まったわけです。

 といっても、寄せ集め的に見えてしまうのですが、とりあえず、目標とするところは、都市住民との交流というあたりで、結構一致しています。

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 この日は、今月実施する、田んぼの生き物調査についての話と、11月に実施する先進地視察の話でした。視察先は群馬県のみなかみ町。合併でできた町ですが、その中の旧新治村の「たくみの里」という観光施設・・・というより観光エリアなのですが、ここを訪問することにしています。

 また、それに先駆けて、10月中に勉強会を実施する予定についても、話し合いました。

 さて、どんな視察にあいなりますことやら。

 

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映画「立候補」 こっちはブラック風味の選挙映画

 いやあ、観終わったら、なんともいえない後味の悪さで、まいりました。

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 映画は、大阪府知事、大阪市長のダブル選挙となったあの時のことを描いたもの。あの時は、実質的な争いは、主要な3人で、残りのいわゆる泡沫候補といわれる人たちの選挙活動を緻密に追っていきます。なかでも、「台風の目」とでも言っていい、マック赤坂、それと、立候補するといわれていた青森の羽柴秀吉の2名にスポットライトを当て、残りの泡沫候補3人についても、それなりに話を聞いています。

 で、羽柴は病気療養ということで立候補せず、話は自然にマック赤坂の戦いに集約されていきます。まあ、なぜ、彼らは立候補するのか…というのが、主要なテーマだと誰しも思うはずなのですが、その答えは容易には出てこないのです。そのあたりがじれったい。
 間にはさまる、あの外山恒一の、まじめなインタビューも、非常にいいタイミングで挿入されています。候補者も消費されているというのは、有る意味非常に正しい認識ですね。外山さん、鋭いです。

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 で、いきおい、マック赤坂の選挙運動ばかり追う形になるのですが、まあ、これがポリシーがあるんだか、ないんだか、わからないような代物なんですよ。それでも本人は、この腐った選挙制度に楔を打ち込もうとしているのは確かなことで、彼なりに一生懸命やるわけです。半分やけくそのようなものなんですが、彼はまじめなんですね。
 で、選挙終盤、橋下さんや○○さんの演説に絡むんですが、まったく歯が立たない。そのうえ、相手にさえしてくれないような感じです。

 で、結局この映画が言いたいことは、負けることがわかっているのに戦う男なんですね。今風に言えば、「痛い」存在なわけで、まともに見てはいられない感じです。

 後味の悪さはこれからです。この、本命3人という強い相手には、何をやっても、まったく相手にされていない。まるで、人間ではないくらいの扱い。それで、お約束のように敗北します。この姿、僕たちなんだよね。選挙のときは、それでも、1票として扱ってくれますが、当選してしまえば、まあ、知らん顔なんですね。泡沫候補も選挙が終われば、まったくいないかのように扱われるわけです。
 泡沫候補って、おかしなお笑い系候補者だね、なんて笑ってみてる私たちが、まったく同じ存在であるわけです。それは鏡を見ているようなものなんですね。自分たちが馬鹿な有権者であるから、選挙の時期だけちやほやされても、あとは相手にされていないことに気づいていない。その辺の現実を突きつけてくるんです。いや~後味悪いし、何とかしなきゃと思いますね。こりゃすごい露悪的映画だね?!

 まあ、彼らの立候補というのは、現在の社会制度に対する徹底的な異議申し立てなわけです。なので、市町村議会議員だとか区議会議員だとか、うまくやれば受かりそうな中途半端な立候補はしないわけで、絶対勝てないだろうという選挙に出るわけなんですね。ここらがポイントです。その革命性はそういうところで担保されるわけなんです。振り返って、周りを見てみれば、革新のような顔をしてたのに・・・、SNSで内幕をなんでもさらけ出してくれるようなアナーキーな革新性を持っていたのに・・・、知らず知らずのうちに取り込まれて、長いものにまかれちゃってる議員さん、よくいますからね。そういう輩とははっきりと線を引いてくれる、革命的な立候補者なんですね、彼ら泡沫候補というのは。久しぶりに目からウロコでした。

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 重要な脇役である、外山恒一。彼の発言で 「選挙じゃ何も変わらないんだよ」というのがあります。YouTubeなどでも、「選挙ではちょっと左寄り、ちょっと右寄りというところまでは行くが、そこで終わり。今の日本に必要なのは、極端な右か、極端な左の政策。そうしないと世の中はよくならない。最近の状況は、よく明治維新と比較されているが、明治維新の政権交代は選挙で起きたわけじゃない。維新の会などはそこで重大な勘違いをおかしている」などと発言しています。

 また、「選挙をはじめとする民主主義の仕組みは、権力者によって考えられた、革命を防ぐための制度」というのもあたってますねぇ。選挙で清き一票を投じれば、自分の意思が政治に反映され、自分の考える良い世の中が実現するなんていう幻想を市民に抱かせる、それが民主主義なんです。そして権力者は安定した「政権」というものの中でヌクヌクと・・・極端に言えばですが・・・・至福(私腹?)の時間を過ごすことができるわけです。じゃあ、どうすりゃいいのか。僕らが考えて、結論が出ることなのかどうかもわかりません。。

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「選挙2」という映画から何を感じるか。

 相田監督といえば、まあ世界の相田になってしまっていますが、正直まだ見たことがないという状況で、今回この「選挙2」でお初になります。

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 始まってまもなく、しまったぁ~~という感じだったのですね。なんとなくダラダラとした日常生活の描写、候補者が友達かなんかを助手席に乗せて、なんとなくだべっているそんな描写、こんなんかぁ~~と不安に刈られながらも、世界の相田だからこんなもんじゃないだろうとは思ってました。
 で、まあ結論から言うと、期待通りだったわけなんですね。最初の数十分、見る側の問題意識をかく乱しておいて、後半に見事に、テーマを絞って収束させていくんですね。もちろん、観客に“考えさせる”のが主眼なんだと思います。そのあたりが非常にうまい。

 今回は、選挙がテーマなわけで、前作「選挙」では、自民党のお手本のような選挙を戦う山さん(山内さん)を丹念に追って、その全貌を明らかにした(らしい)のですが、今作は、山さんは立候補はしてるんですが、何もしない。選挙はがきとポスターと選挙公報だけ。最後の一日、駅前で街頭演説をして、主張をするだけ。青島幸雄のような戦い振りなのですね。というか、何もやらないんですが。そんなことなので、相田監督は、山さんだけ追っていては映画にならないんですね。いきおい、相手候補を撮影します。朝の挨拶だけしている候補、もちろん「おはようございます」だけ。朝4時から駅前でチラシ配り(といっても政党の)している候補。カメラを手でさえぎって撮影拒否をする候補。こちらももちろん、監督は撮影をやめたりしません。なので候補は、むかつきを露骨に顔に出したまま、有権者と握手なんかしてます。そういうものを撮っていくことで、山さんとの対比で、従来の選挙を相対化し、茶番である事を明るみに出しちゃうんですね。

 そんな中、候補の一人が、山さんにシンパシーを感じて、むなしさを訴えたり、昔の仲間(自民党)が、理解を示したり、そんなエピソードをはさみながら、日本の選挙制度が、政党の中央の選挙(国会議員の選挙)のために構成されていることを、さらけ出していきます。身もふたもない。最近こういう映画多いです。地方議員は地方の住民のためにいるのではなくて、政党というブラックボックスを通して、国会議員のために存在しているのです。

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 いや~面白かった。地方議員必見ですが、富士見の議員さん、何人見たのかな?多分誰も存在すら知らないんじゃないかなぁ・・・・。でも、ほんとに、元議員とは言え、知名度もないのに、選挙カーは使わず、連呼もせず、ポスターとはがきと選挙公報だけで立候補して戦うという姿勢は、素晴らしかった。何に対しても言えるんだけれど「議員の常識」とか「○○の常識」とかからぬけ出さなきゃダメだよね。

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「日本人養成講座」 三島由紀夫 古びてると思うでしょ・・・でも古びてないんだなぁ

 この人は本当に誤解されていると思う。クーデターまがいの騒動を扇動し、見事に失敗し、唯一、成功したのは割腹自殺だけというあの出来事が、ただただ極右的なイメージを抱かせてしまっているわけなんです。しかし、その現状を把握する力、先を見る眼の確かさは、誰しも一目置くはずです。そんな中で、文章の読みやすさ、うまさは誰もが一致するところではないでしょうか。

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 今回の本は、昔出した本ではあるけれども、日本人が日本人として何を大切にして、生きればいいのか。右だ左だと言っているうちに、権力者の手によって知識人が絡め取られていくのではないのか・・・など、非常に鋭い論説が続いていきます。まあ、それと唯一の弱点とも言える、「天皇」を巡る所論での舌鋒のにぶりは、たまに傷といった風に捉えるべきだろう。それほど全体の議論の構築力は優れているし、今の世の中に対してさえ、十分な示唆に富むのです。今こそ、読まれるべき本でしょう。

 蛇足ですが、全共闘との対話は、あれだけ立場が違う両者が、論点、視点が、互いに寄り添っていく過程がよく理解できるもので、対立するものが話し合いをすることで、ある接点をもてるんだといういいモデルです。You Tubeで観ることが出来るので、こちらも必見です。

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