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異常な設定の映画 「共喰い」

 設定があまりに異常なので、一般的な感覚で心安らかには観られないような感じの映画です。しかし、よくやったと誉めたくもなります。その異常な設定というのは、男性がsexに及ぶ際に、女性を殴る癖があるということ。そしてそういう癖の父を持った男性が、その癖を引き継ぐんじゃないか・・・と心ひそかに悩んでるという設定です。で、彼は高校生なんですが、付き合っている女性(もちろん高校生)との間で、その癖が出てしまう・・・そんな流れです。

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 他人の性的嗜好というのは、なかなか語りがたいもので、正常と異常の線引きも難しいことがあります。僕らはたとえば食糞なんていうと引いてしまいますが、そういうマニアもいるわけですし、幼児をかわいいと思い、親の承諾を得て写真をとるなんてのは、常識の範囲内ですが、かわいいからと誘拐したり、ましてや性的対象にするなんてことは、論外なわけです。しかし、そこには明らかな多様性があります。人間の面白いところといっては、顰蹙を買いそうですが、面白いところです。女性を(ここでは妻であるとか同様のパートナーです)殴るということは立派なDVですが、映画や小説の題材としては、ぎりぎり表現することが許される範囲ではあるのですね。

 で、この作品ですが、まあ、よく作りこんであります。その暴力に愛想をつかせて出て行ってしまった母親は、近くの川べりで魚屋らしきものを営んでいます。海に近い川べりで、泥と潮の匂いがぷんぷんしてきそうな、そんな場所が舞台です。なんとなく「泥の河」を思い浮かべてしまうような・・・。母親は片手が義手で、鉤型のようなはめ込み担っていて、ラストの場面でそれが生きるのですが、田中裕子が熱演しています。こういう役、年とともにはまり役になってきてますねえ、彼女。殴る癖を持つ父親役派光石研、売れっ子脇役ですが、何をやって食っているのかよくわからないやくざな父親といったら、この人しかいないでしょう。女性を殴ることで自分を保っているという、哀れな男振りをさらけ出して、すばらしい演技を見せてくれます。

 男の子の役者も、女子高生も芸達者です。彼女に暴力をふるってしまったあとで、二人はしばらく離れているのですが、やはり離れられなくて、再度そういうことに及ぶ際に、彼女が彼の両手を縛り上げて、彼の自由をうばって、彼女が主体的な感じで・・・という場面があるのですが、幼いながらもなかなか美しく、ぎこちない濡れ場を体当たりで演じてくれています。このシーンだけでも、見ものです。

 この原作、芥川賞をとった田中慎弥、あの「もらっといてやる」とのたまった御仁ですが、小説もよいが、映画はさらに独特な雰囲気を出していて、大成功といっていいでしょう。原作者も「やられた」といったそうです。

 おなじく芥川賞の「苦役列車」(西村賢太)も森山  の怪演でいい出来でしたが、最近文学賞物からいい日本映画が出来ていますね。

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