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富士見の別荘の生き字引

 

 富士見高原の別荘地というと今では町内広範囲をさしますが、昔は、現在の富士見ヶ丘のあたりのことでした。今回、その別荘地の変遷を調べている方がいるという話を聞き込み、その歴史についてお話を伺いました。

 そんな中で、俗に「朝鮮別荘」と呼ばれていた「前田別荘」に住まわれていた前田實子さん。今回、調査の一環として、お話を伺う場所でご一緒させていただきました。

前田さんは現在 93歳ですが、とても若々しく、記憶も鮮明で、おもしろおかしく当時の様子を話してくださいました。

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 前田さんは、戦後大阪へ移り、武庫川女子大学 家政学部の教授として、主に「乳幼児心理学」を担当され、活躍されていました。現在は鎌倉市にお住まいです。

 実家は和歌山で由良染料」という会社を経営しており、その染料は「科学遺産14号」に登録され、景気が良かったので、海軍に戦闘機14機も寄付してこともあったそうです。また連合艦隊が和歌山に寄港した際には、山本五十六を家に招いて歓待した、であるとか、戦争がはげしくなり、疎開を強いられることとなり、長野県の「富士見の別荘へ行け」という事米内光政の列車の後尾に汽車一車両を貸切で用意してもらい、移動したなどなど、なんだかすごいお話が盛りだくさんでした。

 また、地域との関わりとして、富士見では、塩が不足しているというので、貨車で塩を送ることになり、他には、地下足袋、手袋、うどんなども送ったとのこと。塩の代わりに米や野菜などをいただき、別荘の管理人も、地域の方も大変優しくしてくれて、終戦まで気持ちよく生活できたというお話でした

 すごい話ばかりで圧倒されたということですね。

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