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「青いムーブメント」 何もない時代のあがきかも 外山恒一

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世代のはざまのような存在である1980年代は、0年代への橋渡し的に語られがちだ。しかし、高度経済成長が成熟し、バブルを迎えようというその時期は、60年70年に盛り上がった学生運動がさまざまな模索ののちに、市民運動として着地しようとしていた時期でもあるのだ。そしてそれは、日本人はすべてアジアに対する加害者であり、そこからスタートすべきであるという、まあ言ってみれば一種の自虐史観ともいうべき思想を発展させた。これによって、結局、市民運動というものが、「着地失敗」という状況に追い込まれる。かつてのような国民的な動きになりにくくなってしまったのだ。もちろんそれは、経済発展の結果として、意図的に企図されたものでもあるのだ。ここに現れる思想的な諸相を、あの外山恒一が白日の下にさらしている。相結構その目論見が成功しているのだ。

学生運動の延長のようなかたちで、現れてきた高校生の全国的な連帯、主に管理教育の対する異議申し立てなのだが、カウンターとしての、フリースクールであるとか、そういったものが噴出してくる様相を、「ブルーハーツ」という、カリスマ的な人気を誇ったロックバンドと重ね合わせて、見事に切り取っている。その動きがあったからこそ、0年代の旗手たちが活躍できたわけで、この外山の視点は鋭く独特のものだといえるのだ。

外山恒一、ただのお笑い泡沫候補ではなかったんですね。

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