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2014年1月

ドキュメンタリーの秀作「陸軍登戸研究所」

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 例によって戦争がらみの映画である。陸軍が極秘のうちにさまざまな実験や研究をしていたのが、川崎の生田にあった登戸研究所であったというドキュメンタリーだ。まあ、ご他聞にもれず、711部隊であるとか、南京虐殺のときのドサクサにまぎれて、人体実験をしっかりやっていた施設でもある。代表作は(笑)、かの有名な風船爆弾。コンニャクイモの糊と、わしを重ねて張り合わせたというあれである。また、占領している地域の紙幣の偽札を印刷したりもしている。偽札作りまでやっていたのだ。もちろん使うということもあっただろうが、大量の紙幣を流通させてインフレを起こして経済を混乱させるというようなことや、パスポートの偽造などもあったらしい。

 まあ、掘り出してくると、人体実験だけでは収まらない、たとえば、軍部と坂田機関、児玉機関(あの児玉誉士夫だ)等フィクサーであったり経済やくざとでも言うような人たちとの関係、軍に協力する企業(ここでは凸版印刷と巴川製紙)との関係など生臭い事実がごろごろ出てくる。結局、戦争というのは、密接に「金儲け」とかかわっているのだ。農家の次男三男問題で耕地がほしかったような話もあるが、占領した土地に、日本人が入れば、そこには莫大な日本人経済が発生し、その経済にかむことで、とにかく儲かるのであろう。そういうことで政商として、軍部にもぐりこむ輩が多かったのだと思う。

 そして、終戦後は、この登戸研究所の職員や所長は戦犯にはならず、所長は巴川製紙の社長となり、紙幣偽造にかかわったものは、アメリカ軍横須賀基地で、朝鮮戦争向けのパスポート偽造などにかかわり・・・と、軍隊にいた軍人は、高度経済成長などに貢献していくことになるのだ。

 結局、今はたまたま戦争をしないほうが儲かるから、戦争にはならず、平和では儲からなくなれば戦争を仕掛けていくというのが、権力者や財界といわれる人たちのやり方なのだろう。そう思った次第です。

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「民主と愛国」 読みごたえ十分

 これまた、例によって分厚い本です。まあ、小熊節とでもいいましょうか。このスタイルは小気味よいとまでいえるでしょう。物語は名著「1968」に至るまでの、戦後の日本の社会と思想状況を丹念に追ったものです。もちろん、その力点は、あの悪夢のような、一億玉砕→戦後民主主義への大転換の考証にあるわけですが・・・。

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  小熊はその本質を、戦争によって刻印された行動様式としてとらえています。「皇道日  本」から「主権在民」に言葉は変わったが、共通語を普及し、反米を唱え、「民族」や「伝統」を賞賛し、「国家目標」を求めるという部分は、容易には変化しなかったのです。そして、そのことによって、戦後というものが、成り立っていたのでもあるのです。その象徴的な言葉が、まったくのうたい文句に過ぎないような「民主」であり、戦中とは違う「愛国」なのです。

 もちろん、敗戦によりそれまでの国家目標、ひとつは皇道日本であり、八紘一宇、大東亜共栄圏等であるのだが、そういった国家目標がまったく失われたのちに、代用品である、国民というものが政治の主体となる「民主」であるとか、真の意味でのナショナリズムを目指した「愛国」であるとかが、戦後の10年あまり、国を動かしていく原動力となっていったわけです。しかし、そのことは結局、何かうたい文句のようなものがないと動けない日本人というものをあらわしているのであり、そこに集中する現象や心情は、戦前からの精神構造と何ら変わるところはないわけなのですね。

 さて、このような日本人は「変わる」ことができるのだろうか。戦後の経済成長に伴う、個人が個人として収入を得ること可能となった状況でさえも、消費力の工場により、結局は国内市場を充実させ、産業を発展させるという「国策」に基づいたものであり、一億玉砕、一億総懺悔と何ら変わらぬ一億総中流であったわけで、都市はもちろんのこと、農村部でさえも、自分の家がよければそれでいいといった風潮を作り出したわけです。

 それでも、小熊は希望を捨ててはいない。「新しい時代に向けた言葉」を生み出すことで、戦後思想が抱えていた、「名前のないものをどう表現するか」という命題に、現代にふさわしい形で、読み替えを行い、答えをしめしていくことを準備せよと言っています。そしてこの書が、その重責を担うために、必読の書だと言っているのです。

 

 果たして、私たちは、その「語る言葉」をもつことが出来るのでしょうか? その正念場に来ているということでしょう。

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かぼちゃの種

 この土地で農業の真似事をはじめて、はや10余年が立ちます。最近になってやっといろんなことがうまく回ってきたような気がしています。そんな中、栃木で畑をやっていたときに、茨城の山中の自家用畑で友人が見つけ、種を継いできたかぼちゃがあります。七会村というところで見つけたので、七会スペシャルと呼んでいましたが、そのかぼちゃを当地に持ってきて、育てていました。うちの周りはあちこちでかぼちゃを作っているので、交雑が激しく、今までも、1回だけ栃木から種を更新してもらったことがあるのですが、今回もあまりにもかけ離れてしまったので、送ってもらいました。

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この写真の、両端がとんがっているのがもとの形。丸くて点々があるのが、変わってしまったものです。もともと七会スペシャルはホクホクとして栗系のかぼちゃなのですが、変わってしまったものも結構おいしいものです。で、今回取り寄せたものは、友人が近所にも同じかぼちゃを作ってもらって、隔離的に作っているのですが、なんだかおいしくない。うちで交雑したものの方が、肉厚でホクホクしながらもねっとりとして、甘味も強く非常においしい・・・という結果になりました。まあ、うちのものは、たぶん一代交配っぽいものも混ざっているし、形質も安定せず、このまま種を取りつづけていいものかどうか、迷うところなのですが・・・。どうしたものやら・・・。

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映画「ある精肉店のはなし」 これは絶対見るべし

 この映画は、ほんとにすごかった。自分の暮らしに突き刺さるほどのラディカルさを持っておるにもかかわらず、優しさに満ち満ちた映画だ。牛を割って(業界では屠殺とは言わない:それも優しさ)その肉を、一片たりとも無駄にせず、その肉を売って生計を立てる。

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  物語は、大阪貝塚市にある屠場のおはなし。各地の屠場がオートメーション化が進むなか、数少ない手作業での屠畜を行っていた屠場だ。行っていた・・・ということは既に閉鎖されているってこと。そしてこの、屠場を利用している唯一のお客が、今回の主役北出精肉店というわけ。といっても、家族経営で、長男夫婦と次男、長女の4人でやっている。主に肉を扱うのは長男、家畜市場で買ってきた牛を面倒みていたのは次男、お店番は長男の嫁さん、おさんどんは長女といった分担で日常が営まれていく。

 

 しかし、この屠場が閉鎖されるということで、この役割にも微妙な変更を余儀なくされる。そのあたりを感情を抑えた描写で淡々と描いている。監督は「祝の島」の纐纈あや監督。第2弾だ。「祝の島」は原発反対のイデオロギーが前面に出た、まるで三里塚映画のようなプロパガンダの香りが強かったが、この映画は、そこから一枚皮がむけた感じで、纐纈監督、すばらしいです。

 

 長男の息子の結婚式や、だんじりの盛り上がり、盆踊りの話などで、徐々に北出さんたちの人生がおぼろげながらわかってくる。もちろん、肉を扱う=被差別の問題も浮き出されてくるわけで、屠畜というデリケートな問題の中に、骨太の人権問題が絡んでくる。監督さん本当に腕を上げています。

 そして、クライマックスは、最後の屠畜。屠畜される牛がトラックで運び込まれる。とってもおとなしい牛だ。次男がさっそく、手入れをする。愛情を込め、毛をすいたり、餌を与えたり・・・。なんとも、優しいシーンだ。

 

 何日かして、いよいよ屠畜の日。屠場と精肉店(の横に畜舎はある)はとても近いので、牛はお散歩といった風情で、嫌がりもせず、普通の市街地の中をひかれていく。私は、屠場にヒツジを連れて行った経験があるので、さすがにスクリーンがぼやけた。おとなしい、ほんとにおとなしい牛、自分の運命がわかっているのかどうか・・・ちょっと判定できない。

 いよいよ屠場に入るのだが、職員がいて、その人たちがやるのかなと思っていたのだが、ここは違った。屠場は場所貸しと獣医による検査だけで、持ち込んだ自分たちでやるのだ。

  次男が牛を押さえて、長男が高く振りかぶって、牛の眉間の急所を鳶口のようなもので一撃する。1回目は外れ、2回目で牛はドッと崩れ落ちた。そのあとは見事な手仕事だ。家族の分担が決まっている。首を切り、放血し、内蔵を出し、枝肉にするためチェーンソーで半身に切る。胃や腸、それぞれてきぱきとさばいていく。差別と表裏一体のすばらしい技術と・・・そんなことを感じさせるシーンだ。

 この映画は、全ての人に見て欲しい。

 長男の一言が良かった。監督がインタビューし、

 北出さん「死ぬまでは、特におとなしい牛なんかだと、かわいそうだなって思うこともある。でも命がなくなってしまえば、それは商品、そう思うことにしている」

 監督「すごいですね」

 北出さん「いや~、そんな牛を美味しいって食べてるあなたたちの方が、僕から見たら、すごいですよ」

 4月に長野市の長野ロキシーで上映がある。

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「繁栄からこぼれ落ちたもうひとつのアメリカ」

 デトロイトがひどいらしい。そういう情報は今までなかなか流れてこなかったが、先日テレビでも放映されていた。この本も、ダイヤモンド社という、ビジネス書のイケイケ本なんかを出していたところで出した本だ。時代は変わってきた。

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 1980年代から、2010年代にかけてのアメリカの変貌を地方を回って丁寧にルポしている。国内の製造業が凋落して、ポパイに代表されるようなマッチョなアメリカが崩壊していく。ひとつは鉄鋼業であり、またひとつは自動車産業であり・・・、そういった産業がひとつ衰えるたびに、貧富の差が激しくなっていく。

 文章とともに、すばらしくシャープな写真が掲載されていて、アメリカの今を切り取っている。そこに映る光景は、本当にアメリカなのか? ちょっと前のラテンアメリカや東南アジアのような貧困が、そこには存在している。そして、そう、まるで、ケルアックの「オンザロード」の旅のような、アメリカ全体を巡る旅、貨車にもぐりこんだり、ヒッチハイクしたり・・・。そこから感じるものは、「全部やられちまってる」ということだ。

 そして、これは他人事ではないんだよね。たぶんいずれ日本もこうなるんだろう。この本の中では、地方の町おこし的なものが、それを救うような、ちょっと明るい未来画、処方箋として描かれてはいる。でも、そんなに甘くないんじゃないか? 

 アメリカは、実はもうだめだった。そういうアベノミクス推進派が最も認めたくないもの。これが、アメリカで着々と増殖してるのだ。さて日本の行く末でも考えますか? デトロイトのようにならないためにも・・・。

 

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醤油・味噌・トマトケチャップ・・・長野という地域の特殊性

 ちょっと循環の暮らしとは違うのですが、長野県は他の地域とは違う部分がいろいろあります。ひとつは、地元産の醤油であるとか、味噌であるとかが結構大手スーパーなどで流通してるのですね。まあ、味噌は長野の特産物のようなところがありますが、小さな醤油メーカーが、あっちの町こっちの町にポツポツ存在して、地元の方は、結構利用してるようです。トマトケチャップもながのトマトがあるので、地元産のものがありますよね。

 それと、もいう一つの特徴は、新聞社。諏訪だったら長野日報、諏訪、伊那や松本などでは市民新聞グループと、マスコミとミニコミの中間みたいな新聞社があって、まあまあ存続しています。郷土出版社も多いですね。

 

 もう一つは、時刻表。全国的に見ても、珍しいのですが、長野県内に限ったものが発行されています。交通新聞社というところの発行です。150円というのも嬉しい。年間に4回発行されます。

 全国で、北海道、中部、関西なんていうエリアでは発行されてる(いた)のですが、一つの県というのは非常に珍しいのですね。熊本で発行されてるようですが、650円と結構な値段。

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 そんなことからどういうことが言えるのか考えてたのですが、まあ暮らしやすいいい地域で、これからの縮み思考には非常にあってるのではないかと思うんですね。継続的に出ているのは、まあまあ売れている証拠です。この時刻表、とりあえず、県内で用事が済んでしまい、たまに東京か名古屋方面に出かけます、という信州人の行動パターンが見えてきます。悪く言えば「井の中のカワズ」なのですが、これからはいいことなんじゃないでしょうか。

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年の初めにあたって ちょっと前に書いた原稿から

ちょっと前に書いた原稿ですが、意外に反響がありました。そのまま載せてみます。年の初めには似つかわしくないでしょうが・・・

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 ある先進的な地域づくりをしているNPO団体を訪ねた時に、その団体のブレーンの方に、こういうことを言われたことがある。「これからは、地域づくりも競争です。世の中の他のことと同じで、勝ち組になるのはほんのわずか。この競争が終わった時には、日本中に地域づくりの負け組が溢れているでしょう。そこに入らないためにも、知恵を使って、勉強して、勝ち組にならなければいけないのです」

 正直、ショックだった。「みんなで仲良く」なんていうあまっちょろいことを言っていたら、たぶんダメなのだろう。「地域づくりはお金を絡めないとうまくいかい」なんてこともよく言われてきた。それでも、なんとなくこういう言葉には違和感を感じてきた。本当にそんなことでいいのだろうか・・・と。

 人間というのは、自分と人とを比べることで、心の平安を保っているらしい。例えば、となりが50インチのテレビを買ったのなら、うちは60インチだなんていうように、一時そういう物欲でそれを満たしていた時期もあった。今では、モノが溢れかえり、「もうなにもいらない」などという人も出てきているので、そんなこともないだろうが、比較の対象がモノから違うことに広がってきてるような気もする。

 原発の事故があって、今よりちょっと生活の質を落とすことができれば、原発は必要なくなるという議論がある。理屈はとてもよくわかるし、自分ではある程度実践もしているつもりだ。しかし、全体を見たときに、果たしてみんながそんなふうに考えるだろうかと、疑問に思うことがある。この「人と比較することで心の平安を保つ」という性がある限り、たぶん最後になるまで誰もなにも止められないのではないか、そんなふうに思ってしまう。

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音楽映画・・・「自分の事ばかりで情けなくなるよ」

 この映画、最近売れてきているバンド「クリープ・ハイプ」のフロントマンである尾崎世界観(まあ人を食った名前だ)が企画し、「アフロ田中」の松監督が作った映画だ。4つの話のオムニバス形式になっていて、一つめが看護婦をやっていると実家にウソをついてるピンサロ嬢の話、二つめはクリープ・ハイプのコンサートに行きたいのに残業でアンコール曲の時にやっと間に合うという話、三つめは、CDプレーヤー大好き若者で、よくわからない展開でプレーヤーを壊してしまう・・・みたいな話、最後が一番長いのだが、ほとんどDV状態の乱暴者と自閉症っぽい女の子のほぼホームレス共同生活というなんだかめちゃくちゃなオムニバス映画になっている。その4つの話が最後の話の中でつながっていく感じだ。といっても伏線というようなしゃれたものではなく、なんとなくでたらめにつながってるだけみたいな・・・。

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 若い人の間では、世の中うまく渡れない不器用者に対する応援歌みたいな捉え方をされそうなのだが、どうもれだと非常に浅い解釈になりそうなんだよね。形としては、映画になっているように見えるのだけれど、どうも、尾崎世界観の心の叫びのような気がしてしまう。インディーズからメジャーデビューして、周りががらりと変わってしまってるのではないだろうか。そして、そのことに適応することで、自身の創作が今までのようにはいっていないのではないだろうか・・・そんなことを感じさせる。

 どんな風に捉えたらいいかわからない映画ではある。しかし、そうはいっても、これだけ(松本芸術館小ホールは満員)の若者を集められて、ちょっと説教くさい映画をさらっと見せてしまう、したたかさは持っている。

 この日は、本人(尾崎世界観)のトークのあとに、ギター一本でミニコンサートがあり、アコースティック・クレープ・ハイプ堪能できて、」まあまあ幸せだったんだねぇ。よかった。

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新年 おめでとうございます。

  こんなタイトルにしてしまいましたが、日本も世界もなかなかおめでたいと言っていられない状況です。そんな感じだからこそ、逆に「おめでたい」のかもしれません。

 そんなお正月ですが、今朝、年始回りの途中に、大先輩がこんな写真を持ってきてくださいました。ついでにという感じでしたが、申し訳ないです。

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 この写真、御小屋山に登る途中にある、岩に掘られたお不動様とのことです。「お前らなんとかせい」といわれてるようで、気が引き締まります。

 なかなかよいお正月になりました。

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