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「もうひとりの息子」イスラエルとパレスチナ:憎しみときれいごと

 赤ん坊の取り違え事件に端を発する物語と言うことで、是枝監督の「そして、父になる」のドジョウねらいのようにも見えてしまう作品だ。まあ、そうでなくとも、狙った公開時期なんて思ってしまう。

 が、しかし、似て非なるものなのだねこれが。「そして、父になる」のほうは、どちらかと言うと「個」的な問題、さらに言うと極私的な感情の流れや、ちょっとモラトリアム的な気づきのようなものを主体にしていた映画だった。

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これに対して、「もうひとりの息子」のほうは、社会的なアイデンティティのゆらぎを深く掘り下げたもの。なんと言っても、取り違えられた赤ん坊は、ユダヤ人とアラブ人(パレスチナ)なのだから・・・。それもイスラエルで。お互いに憎みきれないほど憎みあっている、そんな家族が赤ん坊取り違え事件に巻き込まれる。その問題解決の方向は、映画らしい、きれいごとになっているわけで、そのあたりは仕方ないちゃあ、仕方ないのだけれど、まあ、そのことをきっかけに、二つの家族がわかりあうための努力を始めちゃう・・・そういうところで映画は終わっている。

お母さん同士は、すぐ仲良くなるのだけれど、お父さんたちは主義主張があまりにんも異なるがゆえにけんかになってしまう。まあ、「男は駄目だ」と言うある意味真実っぽいテーゼもちらちら見せてくれる。若者はすぐ打ち解けてそれぞれの選択を自分たちの成長と結び付けていく。ここらはそういう演出、ありがちな演出なのだけれど、曖昧な感じで濁していく。たぶん日本では作れない、そういう作品なのだ。是枝作品は甘っちょろいわけではないが、一種独特の日本らしさで、ドメスティックな魅力をかもしているのかもしれない。僕はそれよりもこういった社会性を前面に出したものが好きだったりするわけで、まあ、いい映画だと言う感想に浸り、楽しんできたと言うことだ。

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