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日本映画「サッドティー」の意外な奥深さ

日本の映画なので、世界的なテーマや、大きな課題みたいなものを扱っているわけではない。まあ、ちまちまとしたテーマになってしまうのだけれど、それはこの生ぬるい日本の現実なので仕方ない。

そう、テーマは人を好きになるってどういうこと・・・そういうところだ。出だしからなんだか本当にぬるい展開で、どうしようかなんて思ってしまったのだけれど、次第に引き込まれるような展開になっていく。主人公は、喫茶店のマスター、または、映画監督(?)。従業員に好きになられたり、奥さんがいて愛人がいてと、結構でたらめに生きている方たち。そして、こっちが好きだ、あっちが好きだと告白合戦のような様相を呈している。そう、簡単に人を好きになる野が今の日本の若者のトレンドのようだ。

Saddoteli

そんな中、ローカルアイドルを一途に好きだという、友人が上京してくる。彼は対極的な存在として出てくるのだけれど、いつのまにか、こっち側の人間になっていたりする。こんな男女7人夏物語的な人たちを描くことで、まったく基本的に「好きになる」ということの本質を分かっていないままに、好きだ嫌いだ言ってる状況を逆照射しているのだ。この先進国的な病いは、世界的な課題であるわけも無いのだが、妙にまとわりついてくる。やはりこういう国にはふさわしいテーマなのかもしれない。そういう意味で深い。

 

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