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小津安二郎を見まくる

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   お隣の町、茅野市は、蓼科映画祭と銘打って、蓼科に別荘があった小津安二郎の映画を上映したりします。そのせいもあり、茅野駅に併設されている、茅野市民舘図書室には小津安二郎のDVDが結構入っています。この秋、一応世界的にも注目され、影響を受けていると言う監督も多い、小津の作品を片っ端から見てやろうと、毎夜毎夜昭和の映画を観ています。


   で、やはり、ちょっと前の映画なので、今の感覚で見てしまうと「とんでも」なところも多いんですね。何より、テーマはほとんど(そこに所蔵されているのが、ですが)父と娘、母と娘と言う感じで、「いつ嫁に行くんだ」「そろそろ嫁に行かないと」みたいなせりふが
どんどこ出てきて、さながらセクハラ合戦の様相を呈します。やはりネットの解説でも見て、予備知識を入れないと観つづけるのがつらい感じです。で、いろいろ検索してみました。小津と言えば様式美、形式美といった解説が目立ちます。
   

    まあ、そういえばそうか・・・と言う感想。場面が移動するとき、関係ない風景がポンと映ったり、人々の生活の描写の前に、工場や煙突など無機質なもので、時代を表そうとしたり、そういうシーンが印象的です。また、カメラの位置が非常に低く、家の中の場面では「床に置いてあんじゃないの」ってくらいなんですね。その辺も美意識として面白いと言うことになっています。まあ、そんなことを考えながら何作も観たのですが雰囲気だけはわかったような感じです。しかし、笠智衆はほんとに出まくりなんですねぇ。驚きました。

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