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2017年2月

山住神社

 水窪に行ったついでに寄ってきたのが、山住神社。かの柳田國男も、小川路峠を越え、秋葉山に行く前に寄ったといわれている神社です。ついでにといってもこんなところを登ってたどります。

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 そして、こんな感じのふる~~い建物。歴史を感じさせます。

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 まあ、有名なんですが、狛犬が山犬(オオカミ?)なんです。ちゃんと牙が出ています。やはり秩父の三峰神社と同じように、それなりにお願いすれば、箱に入れて持ち帰って、家にて悪さをする者を退治してくれたという話も残っています。今でもあるのかな。

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 絵馬もワイルドです。

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 とにかく、寒かったぁ~。そして、帰りにすごかったので撮ったんですが、どうもこの神社の神主を継承してきた山住家の家(城か?)のようです。すごい石垣で、何だろうと思って撮ったんですが、ふもとの水窪の図書館で、そういうことがわかりました。すげえ。

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西浦(にしうれ)の田楽

 このところ、遠山の霜月祭りにはまっていて、ここ3年くらい、シーズン(11月後半から1月はじめ)中に3箇所は行くようにしています。その祭りの会場で知り合った人から、「西浦の田楽はみておいたほうがいいよ」といわれていました。今年ちょうどうまく休みが取れたので、何とも遠いのですが、行ってきました。

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 かつて静岡県磐田郡で、今は浜松市北区にある水窪町のその名も「所能」(たぶん、ところのう)という山の中腹にある集落。水窪は、一応、南信濃村から兵越え峠を越えれば近い(といっても南信濃村からですからねぇ)んですが、冬も通行止めにはなってませんが、峠周辺は大変なアイスバーンと聞いていました。なので、すいすい走れる、国道で、阿南町新野~豊根~東栄~佐久間~水窪と遠回りをしていかねばいけません。まあ遠い。しかし行っただけのことはありました。

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 祭りは舞殿などの屋内ではなく、屋外で行われます。開始時間は月の出を待つので、21時ころ。そこから例によって一晩中舞うんですが、演目が40近くあるので、とにかく目新しく飽きないのが、最大の特徴だと思います。 舞いだけのものもあり、ロープを張って、船を渡して大たいまつに火をつけるようなアトラクション的なものや、語りがついて、芝居をするもの、アドリブで面白おかしく演じるものなど、バラエティに富んでるんです。

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 そして信仰。朝日が昇るときに終わるように組まれているんですが、最後は、ござを敷いて、神様を座らせ、祭りは終わったから「帰れ」みたいなことを言うんです。この日はそのござを神様が座る前にお祓いする獅子舞をしているときに、さっと日の出の光が、会場に満ち溢れました。

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 そのあと、神様がござにすわり、「帰れ」といわれるたびに「うぉぉぉぉ~」とうなります。朝の光が満ちる中で・・・。僕ら観客まで、まつりを終えて生まれ変わったような、そんな感覚を持つことができるんです。素晴らしいお祭りでした。

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昭和世代の学びなおし「格差と序列の日本史」「歴史をつかむ技法」

 先日、なにげなくラジオを聞いていたら、小学校の教科書に載っていた(中学だったかもしれないが)足利尊氏の肖像画が、実は、全く違っていたという話をしていた。猛者ひげを生やし、ざんばら髪で、いかにも時代の革命児といった風のあの絵ですが、これが何とその家臣、高師直のものらしい。そんな感じの、歴史の定説をひっくり返す様々な事象を学びなおしてみようと読んでみたのがこの本、2冊。

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 一つは、歴史を知るには、細かい事象や年号よりも、ざっとつかんだ「流れ」が大事という本。そして事象のネーミングはほとんど後世の歴史家が行っていて、例えば、鎖国とか、老中とかいう言葉も、その時代には使われていなかったということなどを教えてくれる。網野史観とか司馬史観とかそういうものにも、惑わされないようにするっていうことなども面白かった。もちろん網野史観はすっごく大事なんだけれど。

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 はい、そしてもう一つがこの本。格差社会が叫ばれている今だからこそ面白い本。日本史の長い流れの中で、格差とか序列というものが、歴史を動かす原動力になっていたという事実が明らかにされます。まあ、人間の欲望とか、そういったものは、「なにくそ」みたいなものから出てくるわけで、ある意味正しいこと。現在の格差というものも、その視点から読み変えれば、克服すべきものと、流していいものとがあるわけで、そこら辺を見極めるっていうのも、歴史を学ぶ意義であるわけだ。う~~ん納得。2冊とも同じ著者で、かため読みがおすすめです。

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「この世界の片隅に」

 日本のアニメです。昨年末に急に話題になったので、観てきました。11月の封切で、いきなりキネマ旬報の年間一位になったので、えっ、「君の名は」ではないのって、驚きましたが・・・。

 お話は戦争ものなんですが、主人公がちょっとトロい感じの女の子。まあ、こういう女性は多いですよね。特に当時は、ほんとにこうだったと思います。町で見染められて、嫁に欲しいと話が来る。そしてそれを受け入れる・・・みたいな。で、その生活が淡々とつづられていきます。反戦を大上段に構えるような作風でないのが、とても共感を呼びます。決して無関係ではないんですが、「私の上を静かに通り過ぎていく歴史」という感じのとらえ方が、たぶん民衆と歴史の関係としては、正しい認識なんだと思いました。僕らもそうですから。

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 そんな淡々とした中にも、身内が死んだり、爆撃を受けたりという、直接的な影響が重ねられていきます。その描写が、やはり控えめな印象を与えるように作られていて、すず(主人公はそういう名前です)の主観的な感情で綴られていくんです。それがたまらなく、普通で、自然体なんですね。考えてみれば、僕らも本当はそうなわけで、後付けの知識で、「なんで戦争に反対しなかったんだ」みたいなことを言いますが、大きな歴史の前では、個人は無力でしかないわけで、流れが反戦で動いていれば、それに乗ることもできたでしょうが、全くの逆の方向へと跳ね返すことは無理なわけです。そんなことを考えました。

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 とにかく、そういう意味では傑作です。「君の名は」(さすがにキネマ旬報のベストテンで圏外にするのはやりすぎと思っているので)とは、あまりにもかけ離れているので、くらべられませんが、かたや、世界に通用するアニメ、かたや心に染み入る、日本でしか通用しない(?)アニメ(たぶん、中国、や韓国から見れば・・・ですが)。そんな風に考えることにすれば、納得がいきます。

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