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2019年11月

グレートジャーニー

 

 

 自宅から出発して、オオカミ信仰がらみでぐるっと南アルプスを一周してきました。今回特に心に残ったのは、静岡市の井川。新静岡インターから梅ヶ島温泉へと向かう途中から山に分け入ります。安倍川に沿った道から山に入りほぼ1時間の峠越え。長野県でもなかなかここまで長い道のりで、山を越えるコースはありません。まあ、すごかった。目指すは、旧井川村のほぼ最奥の小河内集落。今日はここで、小河内大井神社という神社のお祭りがあり、見学ののち、宮司様にお願いしてある、田代大井神社のお札をいただくことが目的です。富士見峠という峠を越えると道はやや広く、走りやすくなりますが、結構下ります。そして井川駅(大井川鉄道)に着くと、あとは、ダム湖沿いのほぼ平坦な道で、10分ほどで小河内に着きました。あとで思い知るのですが、この井川から川根本町へ向かう道のうち、閑蔵という場所まで行く道がとにかくすごい道だった。井川に来るのは静岡方面からの峠越え1時間の道中と、この川根本町(島田市方面)からの厳しい道の2ルートのみ。車ではね。大井川鉄道という半ば反則はあるのですが、これだけアプローチの悪い・・・というか最強なところはほかにないのでは・・・。しいて言えば九州の椎葉村くらいかなと思った次第です。

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 小河内のお祭りは、こじんまりとした祭りでしたが、今まであまり見たことのない舞で、カラフルな衣装が珍しい。ご祭神は罔象女神(みずはめのみこと)で、大井川の水源にちなんだもの。何系かなと気になったので、祭事のあと、宮司様に伺うと、宮司様は隣の集落の田代諏訪神社の宮司様で、この田代諏訪神社は、大井川最上流の信濃俣という谷をたどって、諏訪から山越えをしてきて田代に定住した一族だとか。そして、小河内の方は、全家「望月」姓で、山梨方面から山越えして入り込んできた一族で、風習や民俗的な部分がほかの集落とは異なっているとか。

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 そっかあ、同じ谷に住みながらそういうこともあるのかと、大変面白かったです。ここはちょっと深堀りしがいのある話題だと思いましたし、山の民による伝播著しい例ではないかと思った次第です。いただいた御供が、もしかして「梶の葉」?足四本?・・・ Dsc_0122

 

謎だ。

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日本の捕鯨、昔のやり方。

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  前々から、供養塔や慰霊塔について調べてきた中で、沿岸部に鯨の供養塔なるものがあることを知りました。その流れで、古式捕鯨について心に止めていたところ、佐賀県の生月島の博物館で研究されている方が、いろいろな本を出していることを知り、何冊か読んでいます。その中で、この「鯨取り絵物語」というのが大変面白く、紹介させていただきます。こういう形で、近世の捕鯨について、絵巻物として残されているそうで、かなり詳細に「黒い」部分まで描かれているのです。例えば、集団で捕鯨する方式の違い、土佐の方のやり方と長崎などのやり方の違い、消費地に近いかどうかで、売り方やさばき方が違ってくること。大阪に近い場所では、鯨問屋のような存在もできて、分業化されていることなど、とても興味深いことがどんどんと書かれていて、面白い。

 「黒い」歴史としては、子鯨をまずとらえ、それを囮にして、母親クジラを捕獲するなど、描写的には結構残酷。またその際に、父親鯨は割と早い段階でさっさと逃げてしまうことなど、ウ~~ンとうならざる得ない内容です。鯨の「最期」の描写も生々しくて、涙がこぼれてしまうような・・・、これは供養等ができるわ、と納得してしまいました。この方、中園さんの書かれた本はどれも細部まで書かれており、大変面白いです。ぜひご一読を。 チコちゃん流に言えば、「日本の捕鯨の歴史も知らないで、やれ、捕鯨は日本の伝統だ、だとか、日本人の心だ とか、言いながら鯨を食べている日本人のいかに多いことか・・・」といったところでしょうか。

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