郷土の歴史

飯田市上村的場稲荷 初午祭

  ちょっと前になってしまいますが、飯田市の上村で、霜月祭のミニ版がみられる祭りがあります。的場稲荷の初午がそれで、湯立てがあって、面をつけた舞いや練りがあるのです。普段の的場稲荷は、しーんとした山奥で的場稲荷野ある集落、風折もどんどん人が出て行ってしまっているので、人気がないさみしい感じなのですが、飯田や長野に出て行った人も帰ってきて、さらに、風折以外の集落の人たちが応援に来ているので、なかなかにぎやかです。
  

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  祭りは、神事から始まり(予定の時間より早く始まってしまい、神事は見られず)、神様に初午のお祝いをする、狐の面の舞いと、大黒様と蚕玉様のお練りが午後の一番の出し物です。狐の面の舞いは霜月祭にもありますが、やや軽やかで短めです。上町の霜月祭に出てくる面とは違い、的場稲荷独自の面だということです。大黒様と蚕玉様の面も、面白いもので、大黒様はかなり大きめ。ふくよかなほっぺがこぼれそうな感じです。蚕玉様は、髪の毛が繭玉のようなしつらえで女性のいでたちです。しばらく、あちこち動いて、最後は、氏子代表の「おめでとうございます」で終えました。

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  帰りに、豊橋近辺からきている方を、伊賀良のバスセンターまで送ったのですが、お昼に、イワシ(サンマは高いのでイワシになったとか)の焼いたものと、ごはん、汁が出たそうです。それめあてに来てもいいかもしれません。小さな祭りなので、うまくつながっていけるか不安がありますが、続いてほしい祭りです。

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天白磐座遺跡

 水窪の帰り道、今年の大河でにぎわっているであろう、引佐(同じく浜松市合併)に立ち寄ってみました。まあ、すごい人というかバス。ドラマにも出てくる龍譚寺は、あきらめました。で、やはりドラマに冒頭に出てきていた、天白磐座遺跡へと。だめかなぁ…と思っていましたが、さすがにここまで来るマニアックな人っていうのは少なくて、静かにに見学することができました。

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 お昼のすぐ後だったので、さすがに明るくてやや雰囲気はありませんが、しばらく座って様子をみていたら、なんとなく自分の気分も落ち着いて、ゆったりとした気分で眺めることができました。

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 小一時間、過ごしましたが、風の音や、せせらぎの音、木の間から差し込む陽の光、なんとなくですが、太古の人々と同じ気分を味わえたような気がします。

 

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 そして、地名の由来となった天白様。小さな祠でした。

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西浦(にしうれ)の田楽

 このところ、遠山の霜月祭りにはまっていて、ここ3年くらい、シーズン(11月後半から1月はじめ)中に3箇所は行くようにしています。その祭りの会場で知り合った人から、「西浦の田楽はみておいたほうがいいよ」といわれていました。今年ちょうどうまく休みが取れたので、何とも遠いのですが、行ってきました。

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 かつて静岡県磐田郡で、今は浜松市北区にある水窪町のその名も「所能」(たぶん、ところのう)という山の中腹にある集落。水窪は、一応、南信濃村から兵越え峠を越えれば近い(といっても南信濃村からですからねぇ)んですが、冬も通行止めにはなってませんが、峠周辺は大変なアイスバーンと聞いていました。なので、すいすい走れる、国道で、阿南町新野~豊根~東栄~佐久間~水窪と遠回りをしていかねばいけません。まあ遠い。しかし行っただけのことはありました。

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 祭りは舞殿などの屋内ではなく、屋外で行われます。開始時間は月の出を待つので、21時ころ。そこから例によって一晩中舞うんですが、演目が40近くあるので、とにかく目新しく飽きないのが、最大の特徴だと思います。 舞いだけのものもあり、ロープを張って、船を渡して大たいまつに火をつけるようなアトラクション的なものや、語りがついて、芝居をするもの、アドリブで面白おかしく演じるものなど、バラエティに富んでるんです。

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 そして信仰。朝日が昇るときに終わるように組まれているんですが、最後は、ござを敷いて、神様を座らせ、祭りは終わったから「帰れ」みたいなことを言うんです。この日はそのござを神様が座る前にお祓いする獅子舞をしているときに、さっと日の出の光が、会場に満ち溢れました。

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 そのあと、神様がござにすわり、「帰れ」といわれるたびに「うぉぉぉぉ~」とうなります。朝の光が満ちる中で・・・。僕ら観客まで、まつりを終えて生まれ変わったような、そんな感覚を持つことができるんです。素晴らしいお祭りでした。

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北陸の丸岡城へ行ってきました。

 今回、石徹白を訪れたのは、福井の親戚を訪ねたついでです。そしてもう一つの目的は丸岡城。現存する天守では日本最古なんですが、まだ国宝になっていない。なんでなのかなぁ? でもそれなりにいいお城でした。写真でご案内。

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 この装飾瓦は石製なんです。重量感たっぷりですが、屋根の重みも相当なもの。このお城、昭和の福井地震で倒壊したんですが、修復復元されました。柴田勝家の甥、勝豊の築城による、福井市炉の出城的な性格です。また、残っているのは本丸天守のみで、二の丸、三の丸はなく、堀は埋められていて、規模的には小さな感じです。そんなこともあって、国宝ではないんですね。

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お城ふたつ

 ガイドブックの記事を書き始めて、取材の足りない部分は、やはり現地に行って、確認をし直すのですが、今回、阿南の山城を取材してなかったので、行ってきました。和知野にある和知野城(権現城)です。

 場所がよくわからないので、ひなたぼっこ&井戸端会議をしていたおじいさんに聞きました。「じょう」に行くのか?という返事。どうも和知野城に住んでいた関氏の家臣だった家柄の人が、城(情)という名字で、代々、城があった山の麓に住んでいるようなのです。で、その場所全体を「じょう」と呼んでるとか。面白い話です。

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 その「じょう」から、ちょっと登ったところに、和知野城はありました。別名が権現城。権現は本丸の先に熊野権現が祀られているので、その名があるようです。今は八幡神社が立っています。すごかったのは、堀切。本丸の後ろ側には、今でも十分現役の、行き来が非常に危ない堀切がありました。つながる竪堀りも険しい。かなり怖かったです。

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 それで、阿南まで来たので、ついでに水窪へ(といってもぐるっと遠回りで1時間以上かかるんですが)行きました。ここには、当時のままの復元で有名な高根城があります。夕方になってしまい、管理人の方はいなかったんですが、なかなかの復元。楽しんできました。堀切がやはりすごい!!  そして、眺めも抜群。

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城 三種

 ちかとさまのあとは城です。山城、平山城、平城の三種類を巡ってきました。まずは超有名どころ、群馬県太田市にある金山城です。

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 この城は、この手の石垣がある城として有名です。まだ関東に織豊政権の石垣造りの城が伝播していないころに、すでに石垣があったという、そういう城です。もちろん、復元ですが、半分くらいの高さまでは残っていたそうです。

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 この城の面白いところは、城の中核に、この手の水場が二つあり、水の手を確保している点です。もともと、信仰的な泉があったところに、城を作ったという感じだそうです。特に大きな方の水場は、こんなの見たことないというような遺跡です。その、古代の信仰形態にも興味がわきます。とても重要な祭祀の場では、なかったかと思います。

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 そして、これが、わずかに残る当時の石垣です。なかなか見ごたえがあり、山裾にある、ビジターセンターみたいなのも見ごたえがありました。

 さて、お次は、飛山城です。鬼怒川の河岸段丘を利用した、要害の地ですね。

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 とにかく広い。そして空堀がしっかり残ります。西側は、鬼怒川に面した崖状の地形です。眺め抜群。

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 面白かったのは、復元して合った、中世の竪穴式家屋です。縄文時代から中世に向かってこんな建物だったんでしょうね。ここも、ビジターセンターが充実。思わず、冊子をたくさん購入。

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 最後は、茨城の逆井城。ここは、鬼怒川、利根川にはさまれた低湿地帯。今は田んぼになっていますが、もとは沼で、沼に面した、やはり容易には近寄れない城だったようです。

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 復元がなかなか素晴らしい。壁はちゃんと土壁で、藁すさ入りです。ただ一つ残念なのは、遺構の保存のためでしょうが、復元されている場所が、その建物があった場所ではなさそうです。

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 ビジターセンターも閉鎖中で、それも残念でした。ただ、二重櫓ではありますが、なかなか渋い復元で、とても楽しかったです。主郭は保存区画で、堀切がよく保存されていました。昔は水が入っていたのかな?

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 おまけがひとつ、この町、もともと猿島町でしたが、合併で坂東市になっています。その坂東市の郷土館ミューズという博物館で、平将門の展示をやっていて、それがなかなか面白く、思わぬ時間をとってしまい、帰宅が大変遅くなったとさ。

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智賀都神社 血方神社 智方神社

 日本緬羊研究会の会場は栃木県の宇都宮市の隣、高根沢町。で、以前から気になっていた、千鹿頭神社つながりの神社を訪ねてみました。

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 まずは智賀都神社。宇都宮市清原板戸にあります。鬼怒川の氾濫原か河原かといった場所で、水が出るところかと・・・。境内社が重要なのですが、もう消えてしまっていてわかりません。たぶん、鬼怒川の水運に関係して、わたつみ社などがあると思うのですが・・・。とりあえず行きましたといったところです。

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 そして、翌日は、小山市の田間の血方神社と、武井の智方神社のふたつ。血方神社のほうは、隣接して寺がありました。また、神楽舞が市の文化財に指定されています。浦安の舞なんですけどね。歴史浅い!?

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 武井の智方神社のほうは、参道が曲がっています。コの字形ですね。何か意味があるのでしょうか? 狛犬が4つありました。舞屋らしきものもありましたが、全体的にに荒れている感じです。

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 この地域なのですが、なんと私の通った中学校の学区内なのです。住んでいたところとは5~6キロは離れてるんですが、広い学区だったので。そのころは何も考えず、この集落の友達のところなんかに来たりしてました。なかなか、めぐりあわせがおもしろい。

 「ちかとさま」は諏訪から追われた山岳民族が進行していた神で、信越国境の山中を通り、日光へとたどり着き、川に沿って(鬼怒川、利根川など)関東平野へと落ちのびたという説があります。それをちょっと追っているのです。

 ということで、「ちかとさま」めぐりは終わりです。

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可児市の山城

 薔薇園に行ったのは、岐阜県可児市で、山城フェスがあったからです。で、その山城フェスのほうがどうだったか…というところで。可児氏が主催で、バスで40人が参加。午前の部もあったようで、2班に別れ、行先も2種類なので、総勢160人かぁ。マジ、抽選だったそうです。

 専門家の方(滋賀大学教授だったかな?)と一緒に歩けるので、山城の見方とか教わるいい機会になると、とっても遠かったのですが、無理して参加です。可児市には、本能寺の変で亡くなった森蘭丸の森氏の居城(兼山城)などもあったのと、美濃は織田や徳川などいろいろな勢力が割拠していたので、守りのための城が多かったようです。

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 今回は今城という城と大森城という城。今城は、小さな集落のちいさな城でしたが、小牧長久手の戦いの際の戦闘拠点として再整備されたとのこと。大森城はなかなかの城ですが、同じように再整備された城です。この再整備というのがポイントで、改修をし続けた結果が今に残っているのだそうです。納得。

 また、堀切の様子や、切岸の性質、桝形虎口の役割や形態など、しっかりと勉強できて、山城の多い信州の、ガイドブック作成に役立てられそうです。

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 城ってなんだか子供のころに遊んだ、秘密基地っぽい。その大人版っていう感じがしますよね。こんだけたくさんの人が夢中になってる。

 で、地元の城郭愛護会みたいな人たちが来ていたユニホームがこれ。すごい!!そして、欲しい!!

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荒砥城

 千曲市の上山田町の山の中に、史実に忠実に復元されている山城があると知り、行ってきました。

  この城は、荒砥城という城で、葛尾城主として信濃の東北部を支配していた戦国武将、村上義清の出城として建てられたものです。ネットで見た限り、いい感じに復元されてるので、かなり期待して・・・。

  上山田の温泉街のはずれから、「ここかよ」というような急坂を上ります。ぐんぐん標高を稼いで、千曲川の流れと、周辺の平地が手に取るように見渡せる高みへとたどり着き、そこに入り口看板がありました。駐車場も2つほどあり、まあ、困らない感じです。

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  で、数分登ると門があり、そこから復元された城域となっています。主郭の前に小郭があり、少し回りこんだところに門構えがありました。上部に櫓の原型のようなものがついた簡単な門です。そこに入っていくところの石垣が、ちょっと作りこみすぎな感がありますが、満足のいくものです。周りを囲んでいるのが、木製の柵なのも好感が持てるところ。

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 で、注目の櫓はこんな感じのいい出来です。バイクは管理している地元のおじさんのもの。もう閉館時間なので、戸を閉めたり、鍵をかけたりしていました。こちらもあわてて、お詫びを言いながら、駆け足で見学。開館時間は9時ころから16時半ごろまでのようです。まあ、自然の中にありますから、山登っちゃえば入れそうですが・・・。

 

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 主郭にあるのがこの建物。おじさんが戸締りしています。この復元、今から20年も前に行われたとか。当時、ずいぶんと勇気がいったことでしょう。たぶん、模擬天守を建てるといった方が、支持を得られるような時代だったですから。今でこそ、この手の復元が本流になっていますが、その先鞭のような例です。景色のよさと相まって、面白かった・・・です。

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日本石仏協会

 今年から日本石仏協会という団体に入りました。で、夏のセミナーみたいなのがあったので、ちょうど青春18きっぷもあるし、出席してみました。場所は巣鴨の大正大学というところ。2日間は出かけられないので、日帰りで一日目に参加しました。石仏関係の報告がメインかなと、タカをくくっていったのですが、これがとっても面白い。

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 第一講は、肥前の特徴的な石造物の話で、独特の形の六地蔵塔、肥前狛犬(これ今人気らしいです)、ちょっとデフォルメされたような形の肥前鳥居となかなか面白い。第2講は梵字の日本への伝承というちょっと専門的の話で眠くなったというのが正直なところ。

 第3講は、佐野賢治さんという、神奈川大学の日本常民研究所の所長をやられた民俗学の方のお話。虚空蔵菩薩が専門なのだけど、宮崎アニメに言及する、ユニークなお話と、一日飽きずに満足した、セミナーでした。やっぱり時々はこう言う話を聞きに来なきゃいけないな思った次第です。

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