今週の本棚

すごいぞ!!「日本原初考」復刊

 昨年、人間舎というところから、「天白紀行」という、太古の信仰である天白様のことを研究した方の本が出て、感激して読んだのですが、そこに、あの幻の本、「日本原初考」が文庫版で発行(復刊)されるということが書いてあり、人間舎に問い合わせていました。

 で、1年余りがたったのですが、この9月に、なんと発行されるようなのです。諏訪信仰の土俗的部分である、ミシャグジ、天白様、千鹿頭神社などの、かなり高度な資料がぎっしり詰まった本で、すわちほうなら、どの図書館にはありますが、いつもパラパラめくって確認したかったわたくしには、朗報中の朗報です。この本、3部作で、「諏訪信仰の発生と展開」「古諏訪の祭祀と氏族」「古代諏訪とミシャグジ祭政体の研究」という、マニア垂涎ものの内容なのですが、今回は、そのうち2冊がまず出るようです。

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 古本市場では、どれでも1冊1万円はくだらないものです。なんと今回は、文庫版ですので、税別800円というびっくり価格。この表紙からもオドロオドロしさが満載ってのが伝わってきます。諏訪地区各書店で入手できるようですので、ぜひ、ご入手ください。人間舎さんの画像使っちゃいましたが、宣伝ですので、いいですよね~m(__)m。

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昭和世代の学びなおし「格差と序列の日本史」「歴史をつかむ技法」

 先日、なにげなくラジオを聞いていたら、小学校の教科書に載っていた(中学だったかもしれないが)足利尊氏の肖像画が、実は、全く違っていたという話をしていた。猛者ひげを生やし、ざんばら髪で、いかにも時代の革命児といった風のあの絵ですが、これが何とその家臣、高師直のものらしい。そんな感じの、歴史の定説をひっくり返す様々な事象を学びなおしてみようと読んでみたのがこの本、2冊。

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 一つは、歴史を知るには、細かい事象や年号よりも、ざっとつかんだ「流れ」が大事という本。そして事象のネーミングはほとんど後世の歴史家が行っていて、例えば、鎖国とか、老中とかいう言葉も、その時代には使われていなかったということなどを教えてくれる。網野史観とか司馬史観とかそういうものにも、惑わされないようにするっていうことなども面白かった。もちろん網野史観はすっごく大事なんだけれど。

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 はい、そしてもう一つがこの本。格差社会が叫ばれている今だからこそ面白い本。日本史の長い流れの中で、格差とか序列というものが、歴史を動かす原動力になっていたという事実が明らかにされます。まあ、人間の欲望とか、そういったものは、「なにくそ」みたいなものから出てくるわけで、ある意味正しいこと。現在の格差というものも、その視点から読み変えれば、克服すべきものと、流していいものとがあるわけで、そこら辺を見極めるっていうのも、歴史を学ぶ意義であるわけだ。う~~ん納得。2冊とも同じ著者で、かため読みがおすすめです。

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「土の城 指南」

 どんな世界でも、かじってみないことにはわからないことってありますよね。今回は、「城」についてです。まあ、一般には、このあたりだと松本城(日本で13しかない、昔のままの天守閣なんですよ)があるので、石垣があって、堀があって、ああいったものというイメージです。が、どうも実際には、ああいう「城」は、「城」というものの最終形態らしいのです。

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 もともと、豪族などが住むためには、居館というものがあり、ごく特殊な例を除いて、城には住んでいなかった。では、「城」って何? 城というのは、住むものではなくて、戦うために作られた「陣地」とか「基地」と呼ぶべきものなんですね。そんなもともとの「城」は、石垣などという面倒くさいものではなく、土を、盛ったり、掘ったりして作ったんです。そんな陣地ですから、さっと作るし、さっと去る。永続性はあまり問題にならないわけです。

 このところ、取材で山城跡を見に行くことが多いんですが、まさにそういう感じ。子供のころ作った、森の中の秘密基地のやたら大規模なもの・・・なんです。そんな土の城をどうやって鑑賞(?)するかが書いてある本。目からうろこです。戦国時代は、いかに近寄る者を効率よく「殺すか」に重点が置かれていたということ。そしてそれが次第に、見せる城、威厳を表すものに変化してきて、姫路城とか、松本城とか、そういう風になったわけです。まあ、そのあたりの変化の過程も、筑年代によって変わっているわけで、それを見ることも、蘊蓄の傾け様があるんですが・・・。

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夜明け前

 先日、馬籠宿から妻籠宿までの峠を取材で歩いたのですが、馬篭宿の中ほどに、島崎藤村の記念館がありました。ちょうど雨も降っていたので、入ってみました。なかなか素晴らしい展示、藤村の生い立ちから、晩年、この宿場を舞台にした「夜明け前」の執筆までの様々な事象がよくわかり、夜明け前の背景もおぼろげながら浮かんでくるような、そんな展示でした。

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 さて、その「夜明け前」ですが、学生時代に一度読んだことがあります。その時にも、なかなかすごい作品、特に幕末の動乱を、田舎の一人の人間が受け止めていく過程が面白かったことを覚えています。いろいろなサイトの中には、この作品をもって、日本の文学の中で数少ない世界文学・・・のように言っている人もいて、その感覚は私にも、感じられるところがありました。

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 ということで、今回、再度読んでみることにしたのです。おとなになったからわかる(笑)、重厚な文章と、ゆっくりとした物語の進み、そして、随所に織り込まれた伏線と思われる出来事。う~~んやはり、その当時、日本文学がノーベル賞の対象としてとらえられていれば、間違いなく受賞したはずです。それくらい、素晴らしい作品だといえます。そして、今、TPPによって、第三の開国といわれる状況が、目前まで迫って来ています。この信州の片田舎に住む私に取って、青山半蔵の心のうちの揺れ動きは、とても他人事とは思えないのです。

 歴史のうねりを、個人の中でどのようにとらえていくのか?そういうことに対して、ある種の答えを与えてくれるはずです。それとともに、それを消化しきれなかった青山半蔵が、狂気の世界へと自分を追い込んでしまった(実際にはただの老年性痴呆=アルツの症状ではないかという研究もありますが)その歴史というものの重み。

 そんなところから、現代という、情報を持て余している時代にこそ、この小説から得るものは大きいように感じました。いま、読むべき本といえるでしょう。

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再度 佐藤泰志

 佐藤泰志という作家がいます。このところ、二作品が映像化され、いずれも映画としても良いできだったので、俄然注目されています。小説の方もなかなかなので今回取り上げてみました。


 まずは、「もうひとつの朝」。これは、初期の作品で高校生の頃からの作品を手始めに、地元の「北方文芸」という同人誌に載ったものを中心に、短編を集めたものです。「市街戦のジャズメン」という伝説的な作品も読めますし、初期のまだ硬質の文章から、次第にこなれてくる様子がなんとなくわかるような作品集になっています。秀逸なのは、「深い夜から」という作品。映画館の従業員というけだるい日常の中で、次第に隠し切れなくなる、憎悪と暴力性。あげく、爆発させてしまう過程を丁寧なタッチで描きます。センテンスが短いのが佐藤泰志の特徴といえばいえる感じで、そのタイトな雰囲気は、丸山健二になぞらえられるでしょう。
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 次は映画としては、非常に話題になった、「そこのみにて光輝く」です。佐藤泰志の文学というものは、社会からはじき出され、もう堕落の底にあるような弱者の生でさえ、光り輝く場があるのだというような、ある種のやさしさ、寛容さを描いているというようなとらえ方をよくされているようです。しかし、私は、そんな甘っちょろいものではないと、感じました。そういった底辺にいる人たちを描くことで、佐藤泰志自身が抱えている孤独と、底辺で絶望の中にあえいでいる人たちの抱える孤独を、対比させているように感じたのでした。この手の孤独というものは、何か他のもので癒せるというような類のものではなく、それを抱えたら最後、行くところまで行かないと・・・といったたぐいのものだと思います。実際に佐藤泰志は、それをかかえたまま、自死してしまうのですが。映画でも、ほんの一筋の光が指す場面以外に、救いはありませんでした。

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「海炭市叙景」を書いた作家

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 「そこのみにて光輝く」という映画を観てから、この佐藤泰志という作家が気になっていたのだけれど、やっと読むことが出来ました。この作家、なぜ埋もれていたのかがわからないくらい、力のある作家です。

 たぶん。現代を代表する作家といってもいいでしょう。まず簡潔な文章。センテンスの短さが初期の丸山健二のようなハードボイルドな感じを醸します。それでいながら、最近の量産作家のような、説明的な小説(わかりやすくして、低レベルな読者もつかもうとしているのかな・・・)だとか、構成と設定だけが勝負みたいなものとは一線を画しています。
それでいて、小さな生の輝きを大切にしているというような評価が与えられていますが、私には、そうは思えない。どちらかというと、揺るがない絶望、絶望の果ての更なる絶望・・・と言った感じがするのです。
 

 お話は、函館が舞台なのは間違いなく、その不況の嵐が吹き荒れ、地方の現実を直視せざるを得ないその地で、それなりに暮らしている、そういう人たちが、絶望の中に埋もれながら、淡々と生きている。生きるために生きている、そのやるせない現実を赤裸々に、見せ付けていくのです。短編十数編でのオムニバスのような形式なので、繰り返し繰り返し、呪文のように、語られていきます。その、絶望に自分の感性が麻痺する時が、余りにも心地よく佐藤泰志に中毒していくわけですね。はまってます。

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「インドクリスタル」 話題の小説

 篠田節子・・・って知りませんでした。「女たちのジハード」どこか砂漠の物語で、ハードボイルドかな、くらいの認識。で、ラジオで高橋源一郎がずいぶん勧めていたので、読んでみました。

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 で、余りにもすごい小説だったので、驚きました。さまざまな勢力が闊歩する、インドの田舎に、通信機器で使うクリスタルを探しに行くビジネスマンの物語です。その形態をとりながら、日本の現状、世界の現状を暗喩的に描いているんです。そう、たとえば、NGOが欧米のエリートが思い込みの激しさで運営しているとか、インドの過激派は、インドのお金持ち層の出身で、欧米への留学経験があるような富裕層のボンボンだとか、そして、誰もが、この社会は小手先の改革では、問題は解決されず、根本的な「ちゃぶ台返し」的な大改革が必要であると思っていることとか。  
深い部分もさらっと触れています。

 全体的にもスリリングな中に、そういった世間一般にそれなりに理解されているものに対して批判や風刺をなげかけていて、これ日本の作家が書いたもの?というような疑問さえ浮かんできそうです。とにかく面白いです。

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「女性たちの貧困」は、今に始まったことではないはずだけど・・・

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 NHKの特集番組で放映された内容を書籍化したものだ。映像が先行しているので、見た方もいるのではないかと思う。以前の貧困問題とは違う、新しい貧困とでも言うような問題が、顕在化してきてから、もう、ずいぶんと時間がたっているようにも思うが、次々と新たな貧困が発見されているというのが、新自由主義やグローバリズム以降の日本の社会では定番になりつつある。そして、それに対する処方箋も作れないような、政治の貧困もまた、深まっているというのが現実だ。

 今回の「女性」という対象も、まさに社会の一番「弱い」部分にしわ寄せが行っているという点では、以前と同様の構造であるともいえるだろう。しかし、その内実はすさまじい。社会の進化に従うように、貧困も情報化やグローバル化の方向へと合わせて「進化」しているようにも見える。貧困といえども、高度になっているわけだ。  

 内容はルポなので、とにかくショッキングな事実が明かされていく。社会的な存在としての女性、生物的な存在としての女性、それぞれのシーンに合わせて、搾取され、貧困化していく女性が描かれる。両親の離婚に始まる家庭の貧困から、人生のスタートラインにも立てないようなダメージを受け、家賃と生活費以外には支出も出来ないような収入で、保育士になれば生活も安定すると、奨学金を借りて、進学する女性。もちろん保育士になっても年収三百万円レベルで、奨学金という借金を抱えれば、とても安定とはいえないのであるが、彼女たちにしてみれば、考えに考えた結論なのだ。 そんな中、母、姉、妹の母子家庭が全員でネットカフェで「生活」(文字通り二年間の生活だ)している
事例が紹介される。その実態は、たぶん僕たちには想像もつかないような背景と、経済的な状況だと思う。

 最後に性的な搾取と絡んだ、女性の状況が語られる。そういう貧困の行き着く果ては、今も昔もそこなのだ。中でも衝撃的だったのは、風俗に行き着き、あげくその仕事の中で妊娠してしまった女性の話だ。もちろん、そういうことに対応したNPOがあり、そこで出産し、里子に出されるのであるが、そのような妊娠で、母性云々を言うほうが間違っているとは思うが、お腹の子どもが動くのが「気持ち悪い」ことであり、「誰だかわからない父親に似ていなければいいと・・・、そういう男が一番嫌いだから似ていなければいいと」言う言葉。ショッキングだ。

 そして、専門家の言葉。「性産業が、職とともに住宅であるとか、夜間や病児も含めた保育など、しっかりしたセーフティネットになっている。これは社会保障の敗北といえる」
底の抜けた社会になってしまった日本は、まさに「板子一枚、下は地獄」と言った状況になってしまっているのだ。       

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「砕かれた四月」 イスマイル・カダル

 アルバニアの作家、カダルの不思議な世界が広がる小説だ。山岳地帯の小さな村の中で、ある人間を殺したことによって、その人間を殺されたほうに一族がまた殺すという「掟」にしたがって、一種の復讐の連鎖が始まる。


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 本当にそういう掟があるのかどうかはわからないのだが、なんとなくありそうではある。まあ、一種の寓話としても優れているので、とてもスリリングに読める本だ。で、その当事者と、都会からやってきた知識人の妻とが、何らかのかかわりをもつ。それが何なのかは明らかにされないので、物語は非常にスリリングに進んでいく。

 その緊張感がこの小説の神髄だ。ラストもすばらしい。隣国のオルハン・パムクの手法と通じるものがある。西洋と東洋のぶつかり合いのようなもの、モダンと土俗のぶつかりあいのようなもの、それが主題かもしれない。

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岡谷古本市

 ちょっと時間がたってしまったのですが、今年も岡谷で行われた古本市を見に行ったので、一応ご報告。今年は古道具も販売するとかで今までと趣向が違うらしい・・・、そういう情報であちこち見学しました。まあ、古本が少なくなって、家具やら振るラジオやらそういうものの売り場があちこちに広がった風ですね。で、案の定、おしゃれ路線で・・・まあ正直、ちょびっと興ざめしたわけです。なんといっても、本を探す楽しみが半分くらいになっちまったわけですから。

 それでもめげずに、掘り出し物長野市史編纂室の出してる民俗調査報告書だとか、
ハイキングガイドの今風のもの、などをゲット。共催となっているスワニミズムの講演会が、十五社とミシャグジでかなり面白かったので、まあ、ゆるしてあげようそういう感じでした。いろいろ書いてますが、やはり田舎のお街に、都会を持ち込んだ・・・だけになってきますね。こういう路線だと。そうなっていくと、本家にはかなわないんです。その猥雑さや、バリエーションの豊富さで言うと。ここらが田舎の地域づくりの難しいところですね。本気で。
 

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