フットパス

小菅神社と万仏山 その2

 ということで、万仏山です。この山は、小菅神社のある小菅山と尾根続きで、その先は、野沢温泉の奥にある、毛無山に続いています。万仏山と小管山は毛無山の尾根のピークといった感じです。過去の歴史の中では、小菅山とセットになった修験の「修行の場」だったようです。位置的にも、隣り合った谷をさかのぼったところです。真ん中に派生した尾根(神戸峠のある尾根)を挟んだ形で。

 そして、険しさは・・・おんなじくらいかなぁ~。どちらも最後になって急に傾斜が増す感じ。石畳でない万仏山のほうが登りやすいかもしれません。

 

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 万仏山の特徴は、石仏です。三十三観音が所々に立っていて、それがちょうど丁石のような役割で、「もうどのくらい登ったのか」というのがわかるようになっています。そうやって登っていくと、1番観音の所からだと2時間くらい。車ではいれる一番奥の20番観音の所からだと、40分くらいでしょうか?ただ、谷を詰めて尾根にとりかかるあたりが、いかにも熊が出そうな雰囲気なので、お気を付けください。こんな急坂を登りきると、こんな岩とお堂が迎えてくれます。

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小菅神社と万仏山

 先日から、飯山地方でのガイドブック作成の下見と取材を進めています。飯山市内の寺町界隈で1冊。小菅神社周辺で1冊。棚田で有名なお隣の福島で1冊と考えています。

 昨日今日と、小菅神社の奥社と、福島の万仏山に行ってきました。小菅神社の奥社と万仏山は、尾根一つ隔てただけで非常に近い場所。こんな近い場所に、同じような修行の場が並んであるのはとっても珍しい。まあ、万仏山は小菅の支店みたいな感じなんですがね~。

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 まずは小菅、こんな仁王門が集落の入り口にあります。ここから聖域ということでしょうか。

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 で、これが里宮。なかなかの雰囲気です。本殿、神楽殿、神馬舎などがずらずらあります。

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 そしてこんな参道を登っていきます。だいたい1時間20分くらいで山頂というか、奥社に着きます。

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 奥社はこんな感じ。懸崖造りの素晴らしいもの。国の重要文化財になっています。小菅はほんとに素晴らしい。

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日本石仏協会ツアーの案内

 この日曜・月曜にかけて、自分も会員になっている日本石仏協会という全国組織の、石仏ツアーの案内ガイドをしました。当初の予定だと、蔦木の高座石からだったのですが、拘束が混んでいて(東京からマイクロバス)30分くらい押したので、先達の道祖神からのスタートです。

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 で、15人ほどの参加でしたが、とにかく熱心な人が多く、なんていうか、ガイドが必要ない感じ。誰かしか、何かの専門家なので、道祖神の所はこの人が、宝篋印塔の所あの人がという風に、解説をしてくれます。富士見町では先達→高森観音堂→木の間→若宮→透関の馬頭観音→御射山神戸の八幡社道祖神というルートで回りました。

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 そのあとは、原村「山の幸」で食事して、中新田の深叢寺、茅野市の白岩観音、諏訪の温泉寺と回り、毒沢鉱泉神の湯に泊まり、月曜日には、万治の石仏、熊野神社、小坂観音院、江音寺、西街道沿いの石仏群を回り、帰路に送りました。みんなおパワーがすごくて、圧倒されたので、大変疲れたガイドでしたが・・・。ぶじおわってよかったよかった。

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地域おこし協力隊のフットワーク

 あちこちのガイドブックを作る際に、郷土史家とのとっかかりがないときがあります。そういう「困ったとき」に頼りになるのが、最近は、各市町村に必ずと言っていいほどいる、地域おこし協力隊の方々です。あちこちでちらほらとお世話になっているのですが、その例をふたつ。

 天龍村の場合は、郷土史家の方がなかなか忙しいので、協力隊に振ったというケースです。今年大学出たばかりという若手の方を紹介されたのですが、メールでやり取りしてから実際にお会いしました。すると、ほぼ前日のメールでこの資料が手に入らなくてと伝えていた資料(「結構貴重なもの)を、どこかで探してきて用意してくれました。う~~んさすが若いだけはある。画像は、平岡の番所です。

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 で、もう一つは、筑北村。今年の春に行ってどうしても見つからない石仏がありました。廃村になってしまった集落の谷間の奥にあるようなのですが、いまひとつわからなかった。草木が茂る夏ではありますが、ダメもとで聞いてみたんです。メールで。そしたら、その日の午後にさっそく3人(人数がまとまるところもすごいですよね)で探索に行ってくれて、そのうち一人が発見。詳細を教えてくれました。教育委員会に聞いても(現場確認に動いてくれたんですが)わからなかった場所を、人海(といっても3人ではありますが)戦術で見つけてくれました。感謝。画像はその石仏群。

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 といった具合に、頼りになります、地域おこし協力隊。

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御代田町でお話をしてきました。

 長野県の建築士会佐久支部の依頼で、御代田町でお話をしてきました。場所は御代田町の南部、豊昇(ほうしょう)と面替(おもがえ)という集落です。ここにフットパスコースを作るということで、フットパスコースのコース評価と、私たちの活動紹介をしてほしいとの依頼。朝8時からスタートという(こっちを5時半ごろ出なきゃならない)結構ハードなお仕事(こういうお仕事ははじめてですが)で、気合を入れて行ってきました。

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 最初のお話では、10人~20人くらいということでしたが、結構人が集まっている。まずは、3つの班に分かれてコースを歩きます。

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 うちらは川沿いのコース。このフットパスコースは、面替という集落と、湯川(軽井沢から佐久に流れる川)沿いの渓谷をめぐります。ほかの二つは、豊昇を巡るコースと、遺跡に上るコース。ここはなかなかバラエティに富んでいます。集落も地形も。

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 こんな感じに道祖神もあったりして。そして、終わってから、検討会をして、そのあと、私が30分ほどお話をしました。地元の集落の人たちが3分の一くらい、建築士会関係が半分くらい、残りが一般の人という感じ。地元学から、地域資源マップにいって、フットパスガイドブックへとつないだお話をしたのですが、地元の人は熱心にメモを取っていましたよ。この豊昇、面替地区で一冊作れればいいですけど・・・。

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筑北村坂井 曼荼羅の里

  筑北村の青柳宿と乱橋のガイドブックがほぼ終わったので、同じ村内のもう一つの地区,坂井村のガイドブックを作ることにしました。下見を兼ねて旧坂井村内を巡ったのですが、村のキャッチフレーズ「まんだらの里」にふさわしく、石仏や庶民信仰にあふれていました。その最高峰が修那羅の石仏群です。その村内を1冊にまとめるのはとても無理なので、2冊にすることにしました。

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 旧東山道に沿った地域は、古いお堂や古刹が軒並みにあり、修那羅峠へと向かう道沿いには、その建物の古さから、いにしえよりの神社が居並びます。それでも、誰もいなくなってしまった集落にある、不動堂などが見つかりませんでした。そこで、地元の協力者を通して、天龍村でも協力してもらっている、地域おこし協力隊に連絡をとってみようかと思っています。やはり地元の協力者は大切ですね。

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天龍村平岡のガイドブック

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 阿南町のガイドブックが終了したので、いよいよ天龍村のガイドブックに取り組み始めました。といっても、取材はぼちぼち始めていて、霜月祭り系統のものは、ほぼ取材を終えています。天龍村では、平岡、坂部、大河内、向方の4冊を作る予定でいます。今回は、まず手始めに平岡を訪ねてみました。というのも、大河内の鹿追祭りを取材した際に、知り合いになった地元の郷土史家の方が、地域おこし協力隊に話を通してくれて、お手伝いをしてもらえることになったからです。

  ということで、協力隊の方と会った後、駆け足で平岡をめぐりました。感想は・・・なかなか面白い。経糸が天竜川の水運で栄えた町。横糸が平岡ダムと強制徴用された中国、朝鮮の方、そして連合国軍の捕虜。模様として、王子製紙の伐採とその繁栄・・・。そんなところで、強制徴用はちょっとダークツーリズム風ですが、かなり史跡が残っています。面白いガイドブックになりそうですね              

                  下の画像は番屋跡

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愛知県東栄町古戸の白山祭り

 この間から、交流のある愛知県の小さな集落古戸。ここで山の上で行われる祭りがあるとのことで、出かけてきました。

 集落のはずれにある白山という小高い山。麓から、整備された山道を登ります。車ではいけません。だいたい50分くらいの、山登りですが、祭りがおこなわれる山らしく、険しく、あちこちに岩が散在しています。この日は、地元と名古屋などの都会との交流会である、「ひじり会」という会の行事でしたが、特別に参加させていただき、案内の元の山登りです。

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 頂上には、立派な神社があり、ほかにも聖堂というお堂もありました。完全に神仏混淆ですね。

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 この祭りは、もともと、修験者(白山系のようです)が伝えたといわれ、花祭りのもとになったといわれています。特に、聖地である山の上でやるというところが、原初の形を残しているのですね。また、神社でのお祭りがメインですが、聖堂には僧侶もきて、仏様のお祭りもするようです。かざられる木の枝(折柴でしょうか)も、神社はシキミ、お堂はコウバナと区分けされています。

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 で、祭りの方は、大人だけが舞うのですが、結界ができており、その中と、住吉様(なぜ住吉様なのか・・・?)の前で舞います。囃子言葉に「テェ~ホヘ}と出てくるところが、花祭り。

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 お昼に振る舞いもあって、冷え切った体を温める赤だしの味噌汁がうまかった~。ぼたもち(この辺はおはぎに黄な粉がまぶしてあるだけ)もボリューム満点でした。正月の花祭りにもいかねばいけないねぇ~。

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花祭りの里 古戸

 ガイドブックとは、直接関係はないのですが、このところ、石仏の調査で、三遠南信(愛知県の北東部・静岡西北部・南信州の接するところ)によく出かけます。先日も、愛知県の東栄町の方地峠という峠道を探索しに出かけました。

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 役場で、紹介された、古戸という集落の初澤さんという方にご案内をお願いしたところ、(ひじり会という都市農村交流の団体をやっておられる方なんですが)副会長の佐々木さんという方も、一緒に待っていてくれました。古戸というのは、有名な花祭り発祥の地といわれる集落で、今でこそ国道がすぐ横を通っていますが、昔は山また山のかなりの奥地でした。それゆえ、いろいろなものが残っているのです。峠の上まで、軽トラで送っていただき、私が下り、お二人が下から登ってくるという形で、ちょっと申し訳ないような感じで行いました。

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 探していた石造物は見つかりませんでしたが、名著「花祭り」の著者、早川孝太郎が「折柴の塚」の中に書いていた通りの、塚の跡が当時のまま残っていて、感動ものでした。峠のお地蔵さまも見事で、峠道らしい風情の道がしっかりと残っていて、とっても満足。それとともに、この地域の人たちの暖かさに感じ入りました。ほんとに親切なんですよ~。

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 これが、折芝の塚の跡。描写通りにならんでいました。その昔、行者の女房が行き倒れた場所だそうです。

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ガイド研修受けてます

 先日から、諏訪湖エリアで活動している、まちなか案内人のガイドの研修を受けています。このグループは、NHKの大河ドラマ、「風林火山」をきっかけに立ち上がった10年以上の実績を持つ、ガイドグループです。

 以前にうちのグループとも、接触を持ったのですが、その時には、特に連携には至らなかったんですね。今回は、ちょうどガイド養成をするということで、申し込んでみました。座学が2日。試験もあり、まあ常識的な範囲ですが、知らないと中々難しいんではという問題が出たりしました。

 で、昨日からは、実地に出て、先輩たちがどんなガイドをしているかの研修です。この後、どの地域のガイドをやるか自分で選んで、そこで徹底的にしごかれる(?)ようです。果たしてガイドになれるんでしょうか??頑張らねば。

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