フットパス

筑北村坂井 曼荼羅の里

  筑北村の青柳宿と乱橋のガイドブックがほぼ終わったので、同じ村内のもう一つの地区,坂井村のガイドブックを作ることにしました。下見を兼ねて旧坂井村内を巡ったのですが、村のキャッチフレーズ「まんだらの里」にふさわしく、石仏や庶民信仰にあふれていました。その最高峰が修那羅の石仏群です。その村内を1冊にまとめるのはとても無理なので、2冊にすることにしました。

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 旧東山道に沿った地域は、古いお堂や古刹が軒並みにあり、修那羅峠へと向かう道沿いには、その建物の古さから、いにしえよりの神社が居並びます。それでも、誰もいなくなってしまった集落にある、不動堂などが見つかりませんでした。そこで、地元の協力者を通して、天龍村でも協力してもらっている、地域おこし協力隊に連絡をとってみようかと思っています。やはり地元の協力者は大切ですね。

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天龍村平岡のガイドブック

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 阿南町のガイドブックが終了したので、いよいよ天龍村のガイドブックに取り組み始めました。といっても、取材はぼちぼち始めていて、霜月祭り系統のものは、ほぼ取材を終えています。天龍村では、平岡、坂部、大河内、向方の4冊を作る予定でいます。今回は、まず手始めに平岡を訪ねてみました。というのも、大河内の鹿追祭りを取材した際に、知り合いになった地元の郷土史家の方が、地域おこし協力隊に話を通してくれて、お手伝いをしてもらえることになったからです。

  ということで、協力隊の方と会った後、駆け足で平岡をめぐりました。感想は・・・なかなか面白い。経糸が天竜川の水運で栄えた町。横糸が平岡ダムと強制徴用された中国、朝鮮の方、そして連合国軍の捕虜。模様として、王子製紙の伐採とその繁栄・・・。そんなところで、強制徴用はちょっとダークツーリズム風ですが、かなり史跡が残っています。面白いガイドブックになりそうですね              

                  下の画像は番屋跡

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愛知県東栄町古戸の白山祭り

 この間から、交流のある愛知県の小さな集落古戸。ここで山の上で行われる祭りがあるとのことで、出かけてきました。

 集落のはずれにある白山という小高い山。麓から、整備された山道を登ります。車ではいけません。だいたい50分くらいの、山登りですが、祭りがおこなわれる山らしく、険しく、あちこちに岩が散在しています。この日は、地元と名古屋などの都会との交流会である、「ひじり会」という会の行事でしたが、特別に参加させていただき、案内の元の山登りです。

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 頂上には、立派な神社があり、ほかにも聖堂というお堂もありました。完全に神仏混淆ですね。

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 この祭りは、もともと、修験者(白山系のようです)が伝えたといわれ、花祭りのもとになったといわれています。特に、聖地である山の上でやるというところが、原初の形を残しているのですね。また、神社でのお祭りがメインですが、聖堂には僧侶もきて、仏様のお祭りもするようです。かざられる木の枝(折柴でしょうか)も、神社はシキミ、お堂はコウバナと区分けされています。

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 で、祭りの方は、大人だけが舞うのですが、結界ができており、その中と、住吉様(なぜ住吉様なのか・・・?)の前で舞います。囃子言葉に「テェ~ホヘ}と出てくるところが、花祭り。

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 お昼に振る舞いもあって、冷え切った体を温める赤だしの味噌汁がうまかった~。ぼたもち(この辺はおはぎに黄な粉がまぶしてあるだけ)もボリューム満点でした。正月の花祭りにもいかねばいけないねぇ~。

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花祭りの里 古戸

 ガイドブックとは、直接関係はないのですが、このところ、石仏の調査で、三遠南信(愛知県の北東部・静岡西北部・南信州の接するところ)によく出かけます。先日も、愛知県の東栄町の方地峠という峠道を探索しに出かけました。

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 役場で、紹介された、古戸という集落の初澤さんという方にご案内をお願いしたところ、(ひじり会という都市農村交流の団体をやっておられる方なんですが)副会長の佐々木さんという方も、一緒に待っていてくれました。古戸というのは、有名な花祭り発祥の地といわれる集落で、今でこそ国道がすぐ横を通っていますが、昔は山また山のかなりの奥地でした。それゆえ、いろいろなものが残っているのです。峠の上まで、軽トラで送っていただき、私が下り、お二人が下から登ってくるという形で、ちょっと申し訳ないような感じで行いました。

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 探していた石造物は見つかりませんでしたが、名著「花祭り」の著者、早川孝太郎が「折柴の塚」の中に書いていた通りの、塚の跡が当時のまま残っていて、感動ものでした。峠のお地蔵さまも見事で、峠道らしい風情の道がしっかりと残っていて、とっても満足。それとともに、この地域の人たちの暖かさに感じ入りました。ほんとに親切なんですよ~。

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 これが、折芝の塚の跡。描写通りにならんでいました。その昔、行者の女房が行き倒れた場所だそうです。

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ガイド研修受けてます

 先日から、諏訪湖エリアで活動している、まちなか案内人のガイドの研修を受けています。このグループは、NHKの大河ドラマ、「風林火山」をきっかけに立ち上がった10年以上の実績を持つ、ガイドグループです。

 以前にうちのグループとも、接触を持ったのですが、その時には、特に連携には至らなかったんですね。今回は、ちょうどガイド養成をするということで、申し込んでみました。座学が2日。試験もあり、まあ常識的な範囲ですが、知らないと中々難しいんではという問題が出たりしました。

 で、昨日からは、実地に出て、先輩たちがどんなガイドをしているかの研修です。この後、どの地域のガイドをやるか自分で選んで、そこで徹底的にしごかれる(?)ようです。果たしてガイドになれるんでしょうか??頑張らねば。

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天龍村大河内 鹿追い祭

 ちょっと前ですが、天龍村に鹿追い祭というのを見に行きました。鳥獣害に悩んだ村人が始めたものとも、後半に、疫病神送りがくっついているので、コトヨウカ行事の変形のようにも、言われています。

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 こんな感じの藁で作った夫婦の鹿を、禰宜様が弓矢で打ちます。そこに至るまでに、ちょっとした芝居がかった問答があります。鹿を探しに行った村人が、足跡を見つけて、山から追い出すのです。もともと、「シカウチ」とか「シカダキ」とか言われていたようですが、文化庁に指定されたときに、鹿追いになったとか。なんだかなぁ。

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 そして打たれた鹿の死骸です。はらわたは餅で、子供たちが取り出します。昔は「我さき」だったようですが、今はそんなに子供がいません。そのあと、餅まきが行われ、場所をうつして、疫病神送りとなります。こんな感じです。

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  そしてこの疫病神を村境まで行っておいてくるのです。ここが、村境。昔はかついで運んだそうですが、今は軽トラです。子の場所は神墓(かみはか)と呼ばれています。昔はもっと山の中ということでした。

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辰野町小野飯沼の取材

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  大幅に遅れていた辰野の飯沼の取材。後回しになっていた、藤沢の神社の場所などの取材と、山口集落で何かネタを見つける、下村の飯縄神社の由来調べ、水晶山の甲子様など、あちこちに散らばった懸案を片付けるための取材です。塩尻市楢川の桜沢から見に行って牛首峠を越えて山口あたりからと思って出かけました。 桜沢は、前から見てはいたのですが、改めて止まって、車から降りて見ると、小野宿の問屋と勝負できるほどの茶屋本陣がありました。明治天皇もお休みした場所とかで、なかなかです。
 そして、文献で調べておいた、中山道と初期中山道の分岐にも行ってみました。下を国道が通っているのですが、木曽川がはるか下で、結構スリルのある杣道で、怖かったです。

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  その後、小野へと向かおうとしたら、なんと冬季通行止めです。仕方なく善知鳥峠周りで小野へ。水晶山の甲子様にある大黒、恵比須の可愛さと、下村飯縄神社のお祭りの話、山口集落の山中にある石仏群や裏山の御嶽信仰など、収穫が多い取材でした。満足。

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川中島の合戦 その2

  去年の秋に、山梨、新潟、長野のガイドブックを制作している仲間で、川中島に集まり、顔合わせと戦略づくりなどをしたのですが、また話し合わなくてはいけない事案がたまってきたので、再度、川中島の戦いをすることになりました。

  今回は、まだまだ寒いので、室内がいいのでは…ということ
で探しましたら、長野市立博物館の休憩室が使えそうだということで、そこで、ワークショップ形式での打ち合わせということになりました。 佐渡島で同じように作っているグループは「あるかんか佐渡」というグループで、そこでの制作について、作り方とかメンバーの立ち位置、版元はどこに・・・などの問題が発生したので、そのあたりのすり合わせをしたわけです。まあ喧々諤々といった議論は続けていかねばならないのですが、やはりなかなか広域でやるということは大変なことだなぁと実感したのでした。 

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   お昼は、もう行きつけといってもいい、川中島古戦場のうどん屋さん。ここがなかなかお手頃でおいしいのです。うどんセットを頼むと、お稲荷、サラダ、などがついて900円。お買い得でした。

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筑北村青柳の「狐の嫁入り」祭り

 現在作っている、筑北村(昔の坂北村)青柳のガイドブック。あとちょっとなんですが、7年に一度しかやらない「狐の嫁入り」祭りが今年あったので、雪の中いそいそと出かけました。以前は松本での列車の接続があったんですが、JR春のダイヤ改正(改悪?)で、なんと1時間半待たないと、長野行きがないという、とんでもないアクシデントで、もう終わり近くになって、坂北駅に到着。町は、祭りの後といった風情。だめかと思いましたが、気を取り直して歩いていくと、青柳の大切通しの方で、お囃子の音が・・・。

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 あ~間に合ったぁ。大切通しの方には普通行かないのだけれど、カメラマンの要望に応え、いったらしいです。確かに絵になる。高いところからいい絵を撮ろうと、電気工事用のユニックまで出てました。

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 今年の狐の嫁様はなかなか妖艶な魅力。男性がやってます。

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 このお祭りをやる場所は、里坊稲荷神社。いつもは廃墟のようなたたずまいですが、この日ばかりは大賑わいです。

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 今年で終わりになるかもしれんという、地元の方のお話があったので、出かけてきましたが、ぜひ6年後もやってほしいです。

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石徹白

 「石徹白」と書いて「いとしろ」と読みます。ガイドブックを作るわけではないですが、岐阜県の山奥の小さな集落。前々から行きたかった、長年の夢がやっとかなって、行ってきました。

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 高山から郡上八幡に抜ける東海北陸道の高鷲インターから、山越えをしてはいる盆地状の村です。もともと福井県だったのですが、福井県庁ともめたり、ろいろな経緯があって、岐阜県の白鳥町に越県合併し、平成の大合併時に郡上市となったんです。今でも、福井県側からは落石で通行止め、岐阜側からは、険しい道ではありますが、何とか通れるといった感じになっています。その道からは、こんな景色です。

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 で、やっぱり石徹白と言ったら、この大杉。集落から10キロほど、白山の方向へ遡ったところの山中に生えております。屋久島の縄文杉が見つかるまでは、日本でも有数の大杉だったものです。樹齢は遠く及ばず1800年で、縄文杉の半分程度位ですが、すごい存在感です。横向きですみません。

 

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 そして、白山美濃馬場の中ほどにあるのが、白山中居神社。

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 といったふうに、鳥居をくぐってから、橋を渡って本殿へ行くんです。なかなか。

 盆地状の石徹白は、広々としたいい場所でした。

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